「巨星墜つ!」が正しいんだろうけど、断固として今は「巨匠墜つ!」。

長年にわたりお世話になった巨匠が、お隠れになってしまいました。

末期の糖尿病が引き金となって、虚血性心不全を引き起こしたようです。
逝去されたのは2月3日、一人暮らしのアパートで知人に発見されたのは9日になってからのことでした。

偉大な恩人のご冥福を、心からお祈りいたします。

小生が巨匠と初めてお会いしたのは、30年以上前の学生時代のことになります。

当時小生はある学生新聞の編集をしていて、夏になると東京にノコノコ出かけてきて、大企業や受験予備校の広告集めにいそしんでいました。
普段編集している新聞が「プロレタリア××」とか「自民党○○政府××」とか、「△△空港粉砕」などというものであっても、学生が「広告ください」と訪ねて行けば、企業も予備校も二つ返事で出稿してくれたのどかな時代でした。
そんなわけで、年に数回上京し、新聞発行のための資金集めに都内を徘徊していたのです。

巨匠は、全国の学生新聞に企業広告を仲介する代理店のような会社に在籍し、面倒見よく優しい先輩として学生たちの活動を支援してくれました。
もともと、この会社自体、学生新聞編集部の出身者が作った会社で、いわゆる雄弁で理知的な人が集まっていました。
これが「ビジネス競争力」と微妙にずれているところに、この会社の持ち味はありました。

卒業後小生は、別の会社での数年間を経て、この会社に入り巨匠と一緒に働くことになりました。

そして、バブルが崩壊するころまでこの会社にいることになりました。

その間、一緒に麻雀をしたり、競馬を教えてもらったり、秋葉原でご推薦のオーディオセットを見繕ってもらったり、面倒見のいい巨匠には実にたくさんのことを教えてもらったものです。

巨匠と話をしていると、自分がいかに「浅学」であるかを痛感することが多かった。
巨匠の知識は、競馬から文学、音楽、絵画、コンピュータに至るまで、多方面の領域をカバーしてました。
たとえば、馬の血統についての理屈は大したものでした。しかし、巨匠が競馬で儲けたという話は聞いたことがない。
知識はそれ自体に価値があり、いかに現実の中で活かされるのかということにはほとんど関心がないような、どこかで達観したところのある愛すべき存在でした。

時には、会社の同僚として、その有り余る才能をなぜ仕事や会社のために活かそうとしないのか、などと腹立たしく思ったりしたこともあります。
しかし、「仕事や会社のため」という発想は、もとより全くないところが、巨匠の巨匠たるゆえんでもありました。
いわゆる、上からのしかかってくる「権威」のようなものが大嫌いな人でした。

巨匠のことを、「賢いトラ」とたとえた人がいます。

「賢い」は文字通りそのままの意味です。
「トラ」とはフーテンの寅さんのことです。

「男はつらいよ」シリーズで渥美清演じる寅さんは、日本全国を自由奔放に放浪し、たまに気が向くと浅草に帰ってくる。
そして帰ってくるたびに、様々なトラブルを起こし妹のサクラや親代わりのおじちゃん、おばちゃん、さらには印刷屋のたこ坊主にまで、たくさんの迷惑をかける。
一方、綺麗で優しい女性にめっぽう弱く、惚れっぽいうえに純粋で傷つきやすい。
だから、失恋するとまたどこかへふらりと行ってしまう。

いろいろ心配させてくれるけど、決して憎めない愛すべき存在なのです。

フーテンの寅さんには巨匠のような該博でハイブローな多方面の知識があるわけではないので、巨匠は「賢いトラ」というわけなのですね。

 

お通夜のあと有志が10人ほど飲み屋で思い出を語り、懐かしいひと時を過ごしました。

20年以上ご無沙汰していたのですが、この間にも巨匠の武勇伝はいろいろあるようで、しんみりしながらも懐かしい思いで話に花が咲きました。

「語録」でもまとめてみたら、面白いかもしれませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です