時間は本当に均一に流れているのか?子供の時間は老人に時間は如何。
大人の時間は本当に短いのか?
年齢を重ねてくると、一日があっという間に終わる。
実際、私の一日や一週間も、飛ぶように過ぎ去っていく。
よく言われることだが、10歳の子供にとって1年は10分の一だが、70歳の老人にとっては70分の一。
70分の一の方が意識に感じる時間は相対的には短いのだから、年を取るほど一日や一週間、一年は短く感じるはず。
昔何かで読んだことがあるが、オギャーと生まれて20歳までの感覚と、20歳から60歳になるまでの時間感覚はほぼイコールだそうだ。要するに、二十歳過ぎると時間は3倍速く進む(デュルケームの時間論?忘れた)。
わかったような「???」と感じるような理屈だ。
???な話だから、こんな本にもつい手が伸びる。
集英社新書 一川誠著「大人の時間はなぜ短いのか」
しかし、読んでみてもあまりにもつまらない内容なので、なかなかページが進まない。
このまま読み終えても、おそらく腑に落ちることはないだろう、と思っていたところではあった。
イベントや出来事が多く楽しい時間は、本当にあっという間に過ぎるのか?

10月3日は普通なら休日で、「ぶらり途中下車の旅」やら競馬中継などを見てまったりと過ごすつもりだった。
しかし、やらなくてはならないことが山ほどあり、朝から駆けずり回って実に多くのことをやらなくてはならなかった。
あまりにも多くのことをテキパキ(?)、あるいはそれなりにこなしたので、つい10月3日の一日を整理して振り返ってみたくなった。
朝は8時に起床。前夜に仕込んでおいたキノコの炊き込みご飯とトマトの味噌汁で朝食を済ませる。
久しぶりの晴天なので夏物の布団と上掛けを干し、冬物の布団毛布を入れ替えようと決意。猫が脱走しないように気を付けながら、何とかベランダに夏物と冬物を並べて干し終わる。
一週間分の洗濯物を洗濯機に放り込み、待ち時間で猫のトイレ砂を買いに近くのホームセンターへ。ついでに自分の猫背矯正ベルトでも試してみようかと思っていたが、ふと防犯用のソーラー式センサーライトが気になり衝動買いしてきた。
帰ってから洗濯物を取り出して部屋干し。いつもコインランドリーで乾燥までやるので、これだけでも結構手間がかかる。
その後、買ってきたセンサーライトを玄関前に設置するため、家のあちこち脚立を探し回り、玄関上のスペースに何とか設置。夜になるまで、うまくいったかどうかわからないが、ひとまず設置完了。
そのあと野菜直売場に行き当面必要な野菜類を買い込む。ミニトマトやら小ぶりで袋いっぱいの玉ねぎ、ミョウガやオクラを買っていったん帰宅。この直売所(野尻の里)は安いので、たくさん買っても何百円で事足りるので助かる。独り者には量が多いのが難点だが。
ここまでで午前は終わった。
午後になって車の燃料が気になったので、20分ほどかかるガソリンスタンドへ。途中スーパーにより、軽食。最近はハンバーガー一つでお腹いっぱいになる。
ガソリンを入れ以前に関係していたコワーキングスペースに立ち寄る。
スタッフと5分ほど立ち話して、次の打ち合わせの日取りを決め帰宅。
2時半からかねて予定していたオンラインセミナーを視聴。セミナーを聞き流しながら、月曜には出さなくてはならないExcel書類を整理して印刷。
この作業に6時半までかかったので、家に帰りTVをつけたら土曜日恒例の「満天☆青空レストラン」が始まっていた。
ソーラーライトは無事機能していた、シメシメ。
TV見ながらしばらく放心。
7時半ごろから晩酌、今宵はサバ水煮に買い込んできた野菜と豚肉を炒めたものだけで済ませる。
適当に酔っぱらって9時ころにはうとうと寝入ってしまい、起きたらまだ11時前。
つまり、まだ10月3日なのだ。
他にやることもないので、この投稿を書き始めたのが11時ころから。
今夜はサッカーの日韓戦があったようだが、まったく気が付かなかった。
要するに、たくさんの出来事があった10月3日。
ここで少し考えてみる。
多くのイベントや出来事が詰まった一日や楽しい時間は、本当にあっという間に過ぎるのか?
今日の実感では、やることがそう多くないいつもの日より、一日がとても長く感じた。また、それなりの充実感もあった。
若いころ、自分を高めるためにはKeep Busyに過ごすことが大切だ、というくだらない話を聞いたことがあるが、高齢者もKeep Busyに過ごすことが重要なのかもしれない、と思った次第。
その方法は本人次第、人それぞれですが。
何とか10月3日中に、この投稿を終えることができました。
この記事を書いた人

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万物の霊長と言われる人間の繁栄も、どうやら終わりが近づいていると思うこの頃。「これからとんでもない世の中」になる!そんな気がしてならないこの頃。
最近ヌマッていることは、談志と伯山で「慶安太平記」を聞くこと。
由井正雪に少しあくがれています。
けふもまた こころの鉦を うち鳴し うち鳴しつつ あくがれて行く(牧水)




