近々【還暦】なるものを迎えることになりそうです。

近々【お誕生日】とやらで、とうとう還暦を迎えることになりました。

子供のころ60歳と言えば、死を間近に控えた老人のイメージで、戦争と終戦後の苛烈な時代を生き抜いた私の祖父母も、60歳にしてすでに「老人然」としていたのを思い出します。

今でも記憶のクオリアには、病気見舞いに行くと「移るからそばに寄るな!」と叫んでいた痴ほう症の進んだ祖父や、桃や梨を剥いてくれる時に見た皺だらけの祖母の手のイメージが鮮明に残っています。

と同時に、自分が60歳になるなんて全く想像もしていませんでした。

私だけでなく多くの人が、「60歳の自分」を子供のころ意識したことは無い、と言っています。

まさに、Time Flys Like…といったところですね。

緩和休題

その昔、寿命が40歳ほどだったころ武士の子供は13歳前後で元服したようです。
また、人質による姻戚関係作りが盛んだった戦国時代は、10歳にならないような幼児を、あちこち戦略的に嫁や婿に出していたようです。

その後、平均寿命が60歳ほどだった時代に二十歳で成人が制度化されましたが、寿命が80以上に伸びても二十歳成人はそのまま。
逆にこの前の参院選から、18歳選挙権付与と相成りました。

「人生ゴム紐理論」からすると、寿命80なら成人を26・7歳(大学院修了程度)に伸ばし、複数の学問をさせるアメリカ的な高等教育を取り入れてもいいいのでは、などとも思います。たとえば、コンピュータ科学をやってから法律や経済を学ぶなど。

しかし、いわゆる「格差拡大社会」の中で、教育にかかるコストを誰がどのように負担するかという大きな問題もあり、日本は「高齢化」と「少子化」と同時に「高等教育の相対的な劣化」が同時並行で進んでいるのかもしれません。

人生の三分の一を教育の時間に、残りの三分の二を社会へ還元する時間に分け、後半の三分の二が終わったら、つまり社会に還元できなくなったら、像のように自分で歩いて死地に向かう。
延命措置も葬儀もいらない、まさに煙のように消滅する。
生前立派なことをした人は、残されたものの心にいい思い出として残る、そうでなかった人は…。

前にZARDという感受性豊かな女性歌手がいて「永遠」とかいう唄の歌詞に、人は死ぬと「きらきらとした光になる」という一節がありました。

これを聴いた瞬間に「ZARDはわかっているよな! 確かに人は死ぬと肉体は朽ち果てるだけの物体になり、人は瞬間的にきらきらしたガラスのような光に還元される」という直感的な確信を抱いたものです。

坂井泉水恐るべし!

ふたたび閑話休題

その昔、かの孔子様はこんな風に言っておられました。

吾十有五にして学に志し
三十にして立ち
四十にして惑わず
五十にして天命を知る
六十にして耳順い
七十にして 心の欲する所に従いて矩を踰えず

「耳順」は「じじゅん」と読むそうです。
いろんな解釈があるようですが、個人的には「いろいろなことが耳に聞こえてきても、いたずらに動揺したり逆上することがない」、別の言葉でいえば「明鏡止水」の境地と解釈しています。

邪念なく、澄み切って落ち着いた心が「明鏡止水」だと思いますが、なかなかそんな境地にはなれない現実が多いですね。

とりとめない投稿になりましたが。

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