映画見てきました「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」

休みなので会社を覗いたついでに、シネマティーク高崎で映画見てきました。

「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」 http://www.insidellewyndavis.jp/

どこにでもいそうな平凡な猫

どこにでもいそうな平凡な猫が主人公を翻弄する!

少なくとも10日ほど前に見た「私の男」よりも数段よかった!
とりあえず、ブログに何か書いてみたいと思わせる佳作でした。

1960年代、確かにそんな時代がかつてありました。
音楽といえば、アコースティックギターとせいぜいハーモニカだけのフォークソングの時代が!

この映画は、ボブ・ディランが登場する前に、ディランのアイドルだったフォークシンガーの、やることなすことまるでうまくいかない1週間を追いかけたものです。

時代に乗り損ね、今では音楽シーンにその名前も残っていないけど、来るべき「フォークの時代」を準備した人や雰囲気が確かにあったのです。

おそらく「その時代」に生きていれば相応の評価を受けていたはずなのに、「少し早すぎた!」ばかりに「前史」と片づけられてしまう人や人の営為。
それは音楽シーンばかりではなく、芸術や文化、ビジネスの世界でもありふれたことなのですが、そんな人は「イノベーター」と崇められたり「捨石」などと嘲笑されたり、さまざまな評価を受けています。

主人公のルーウィン・デイヴィスも、報われないイノベーターだったのかもしれません。

「捨石」と「イノベーター」そして「時代の寵児」…これらの間にはどんな違いがあるのでしょうか?

そんなことを考えさせるいい映画でした!

どこにでもいそうな平凡なネコ君もいい味出してました。

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