月別アーカイブ: 2013年12月

遠き記憶、近い記憶。健一郎先生これはどういうことなんですか?

忘年会も無事終わり(といっても飲みすぎて家に帰らず高崎市内のBHどまりだったが)、久しぶりの日本酒痛飲のなごりの二日酔いが、午前中いっぱい頭の中をグルグル。

とりあえず、忘年会の会場となった事務所の片づけをして、午後自宅へ。

その後、BSやら地上波でサッカーの試合をいくつか見て、時を過ごす。
東日本大震災のチャリティマッチの中で鹿島の小笠原君が長いコメントをしていた。
不器用でかっこつけることはできなくても、被災地のことを真摯に思うこの人の人柄がひしひしと伝わってきて少しばかり感動。
前から、小笠原君はフェイバリットなサッカー選手なのです。

夕方になると二日酔い明けでも酒を飲まないわけにいかないので、冷蔵庫の余りモノで数品のつまみを作り、これも昨夜の忘年会で残った一ノ蔵などを飲む。

なんとなくいつもと違うせいか、お酒を飲んでもすぐバタンキューといかない。
仕方ないので、普段入らない時刻(夜の9時)に風呂に入ってみた。
いつもは酒を飲んでそのまま寝入り、深夜~朝方に目覚め、すっきりとした頭で風呂で読書するのが日課なので勝手が違う。

本を読む気にもなれないので、「久しぶりに歌でも歌うか!」という気分。

最近は、まず一曲目は竹内マリヤの「駅」を歌う。理由はこれといってないが。
つずいて「琵琶湖周航の歌」とか「人を恋うる歌」とかの昔日路線の歌を数曲うたい、この関係は「白虎隊」で終わる。いい加減な節回しでも「みなみ鶴ヶ城を望めば…」の詩吟の部分も、適当に自己流で唸る。

続いて、高橋真梨子とか石原裕次郎さんとか、鈴木雅之とか、とりあえず頭に浮かんでくる歌をたくさん歌い、最後はやしきたかじんの「東京」で締めとりあえず風呂から出る。

それにしても、それらの歌はカラオケなどで何回も歌ったことがあるはずなのに、ほとんどの歌詞が部分的に思い出せない。
かろうじて1番を歌えても2番の歌詞はところどころスキャットになってしまう。頭の中にある記憶のメモリが、あちこち断片化しているようですぐに出てこないのだ。

これはいったいどうしたことか!

記憶というものが年齢とともに衰え、新しく何かを覚えることができずに覚えていたはずの古い記憶も日々ぼろぼろと欠けていく! 行き着く先はいわゆる「認知症」! —–それは自然の摂理で仕方ないことだとは思うのだが…。

昔から、魚が好きで、中でも頭の肉や目玉周りのコラーゲン状の部分が大好物なので、ドコサヘキサエンサンとかEHA(?)とか、頭にいいといわれる栄養素はたくさん摂取してきたはずなのだが!

短期記憶が難しくなっているばかりか、長期記憶もあやふやになりつつある。
ヤバイ!どうしたらいいんですか?健一郎先生!

小林秀雄が、歴史家は事実の記憶だけで頭をいっぱいにしているからダメなのであって、体に染みついているものを「心を空しうして思い出すこと」が重要だとか言っていた(ような気がする…これもあやふやな記憶)。

すぐ出てこなくても、「思い出す」ことができるようになりたいものだ!

「呼び出し時間」が長くなり、もたもたしてしまうことは、止めようもないことなのだろうから!

餃子の王将、大東社長の訃報に思う!

19日、餃子の王将チェーンの創業社長・大東隆行氏が何者かに襲撃され死亡した。

現場に数個の薬きょうが落ちていて、即死だという。経営上のトラブルが原因なのか個人的な理由なのか、まだ不明だという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131219-00000128-san-soci

当時は1人前確か100円だった!

当時は1人前確か100円だった!

王将チェーンといえば、中年を過ぎてからはほとんど行かなくなったが、いつも空腹だった若いころにはよくお世話になったものだ。
改めて調べてみると創業は42年前とのこと。

ということは、小生の学生時代はまだ創業まもない時分で、確か京都出身の友人が「金がない時でも皿洗いを手伝えば食べさせてくれる店が京都にある」と教えてくれたことを覚えている。

あの時に食べた王将の餃子はやけにおいしかった。
いつも腹をすかせていたので、ボリュームがあり一定水準以上の味をしていれば、なんでもおいしく感じたのだろう。
当時の王将の店内には、1人前ずつ小分けされた餃子の箱がたくさん積まれていて、注文すると餃子だけはかなり早く出てくるので、おそらく自動的に餃子を焼ける魔法の箱の中で秘密裏に調理されあらかじめ用意されているのだろう、などと想像をたくましくしていたものだ。
(実際はまったくそんなことはなかったのだが)

お金なしで店に行って皿洗いを手伝ったことはないが、愚かなりし我が青春時代の食欲を助けてくれた餃子の王将。

創業者の突然の訃報に、合掌!

2013年「群馬イノベーションアワード」始末記・下 ファイナルステージの準備と当日。

前回の続きで、「群馬イノベーションアワード」始末記の下となります。

ファイナルステージに残ったという連絡が事務局からあったのは、すでに正確な記憶がありませんが11月のはじめでした。
その後、11月の中旬に上毛新聞社内で当日のリハーサルのようなものがありました。

なんと、プレゼンテーションの持ち時間は1社3分とのことでした。
リハーサルに用意したパワーポイントを使うと、どう考えても5分以上の時間が必要となります。

大胆な取捨選択が必要なうえ、リハーサルを講評してくれた方々は「もっとあなたらしさを出すべきだ」などと、持ち時間の使い方をさらに難しくするようなことを指摘してくれます。

はてさて…

もともと今回の事業企画を3分間で過不足なく紹介することは無理だと思っていました。
しかも、見に来てくれた人にそれなりの感動を与えようなどという欲張りな目論見も、個人的には持っていました。

ふたたび、はてさて…

ファイナルステージの準備

与件をいろいろと検討すると、事業企画をリアルに理解いただけるような「寸劇」でもやってみたらどうか、などと最初は思っていました。
もともとくだらないことが好きな性分で、社員総出でドクター役や看護師役をやってみれば、もしかして堺雅人ばりの新たな才能の発掘があるかもしれない、などと妄想していました。

しかし、期限があり貧乏会社ゆえの予算制限もある中で「寸劇」はアバンダンせざるを得ませんでした。

次に、ヘタウマ絵の描けるようなイラストレータにお願いし、ほのぼのとした味のあるアニメでも作ってみようか、などとも考えてみましたが、これも予算上の問題であきらめました。

みたび、はてさて…

結局行き着いたのは、パワーポイントの自動再生機能を使った簡易アニメーションでした。

一応の筋書きを作り、前半は今の緊急医療の現状をコント風に落ちをつけて印象付け、この現状が今回の事業企画が実現した折にはどのように改善されるかを手作りアニメにまとめました。

アニメに登場する緊急隊員やドクター、看護師さん、ナレーションはすべて社員の肉声録音で済ませました。
iPhoneで声を録音し、パソコンに取り込んでパワポの自動再生ファイルに順番通りに張り付けて行く手順です。

救急車サイレンの効果音、車のドアが閉まる音、隊員が担架で患者を搬送する足音、電話の呼び出し音などは、すべてネット上のフリー音源を使わせてもらいました。

この過程で役立ったのは下記サイトです。

http://www.ai-j.jp/

文字数制限はありますが、テキストを入力して「合成」ボタンを押すと、子供や女性、男性の声などで読み上げてくれるサイトです。
音声は、いわゆる機械音ではなくクオリティの高い自然な声で再生されます。
日本語だけでなく、英語や中国語にも対応しているので、語学の習得にも使えそうなすぐれたサイトでした。
素敵な女性に囁いてほしいテキストを入力して、おねいさん風に読んでもらうこともでき、いろいろと楽しめそうなサービスなので、ぜひ一度お試しあれです。

しかし一通り出来上がったアニメを再生してみると、3分近くありました。
これじゃ、アニメだけでプレゼン時間をほとんど使ってしまう!、ということでここでも大胆なカットが必要になります。

数日間に及ぶ編集作業の末、どうにか1分強までの短縮に成功しました。
声の再録やパワポの編集作業を、根気よく担当してくれた弊社社員達には感謝の一言です。

さて、次は完成したアニメを挟む前口上とまとめの部分の検討に入りました。
ここの部分はあらかじめ用意することができないので、当日壇上で説明することになります。

もともと、能書き的な話や雑談が好きな性格なので、いろいろ喋ってやろうと考えていたのですが、社内でリハーサルをやってみるとアニメも入れて5分以上かかります。

前口上もまとめの言葉も大胆なリストラが必要でした。

すったもんだの末、無駄を極限までそぎ落とした説明部分とアニメーションが完成し、イベント事務局にパワポファイルを送付したのがファイナルステージ2日までのことでした。

ファイナルステージ当日

photo1資料の事前提出は済んでいましたが、結局、説明部分のスライドをさらにカットしたくなり、前日の夜中に(実際は当日朝の5時ころ)さらにパワーポイントに手を入れることになりました。

早起き(というか夜中の起床)は得意なので、朝5時からパワポの再編集を行い会場の前橋ドームに向かいました。

集合時間は、なんと朝の7時半でしたが、20分ほど遅刻してしまいました。

イベントは東京のプロデュース会社が仕切っていて、登壇の仕方や立ち位置などすべてが段取りされていました。
9時頃から、ステージ上での最終リハーサルがありましたが、朝急きょ再編集したパワポファイルへの差し替えが間に合わなかったので、1分以上タイムオーバーとなってしまいました。

パワポファイルの差し替えを事務局にお願いしたところ、音声の再生不良が判明しあわてることになりましたが、結局QuickTimeをパソコンにインストールすることで問題解決。
せっかく作ったアニメも音が出ないようでは台無しなので、これにはヤレヤレといったところでした。

10時前にはリハーサルも終わってしまったので、14時の本番までかなりの時間があります。
本当はここできちんと説明の練習をすればいいのでしょうが、そういう意味での努力家ではないので、時間をただ漫然と過ごすことになってしまいました。

他のファイナリストと情報交換をしたり、お弁当を食べて少しウツラウツラしていると本番の14時になりました。

プレゼンテーション、大賞発表

photo2今回の部門は、「ビジネスプラン・高校生部門」「ビジネスプラン・一般部門」「スタートアップ部門」「イノベーション部門」の4部門があり、それぞれ3社のプレゼンテーションから部門賞と大賞が選ばれます。

社長の薹は立っていても「スタートアップ部門」にエントリーできるのは、前回のブログで書いた通りです。

弊社は、「スタートアップ部門」の1番手なので、全体で7番目の発表となります。
直前に「リンダ3世」という地元のアイドルグループのステージがあり、その直後が弊社の出番でした。

開口一番、「リンダ3世さんの可愛らしいステージの次に、おじさんが出てきてすみません…」などとアドリブを入れてみましたが余り受けません。
話そうと用意していたポイントのセリフがいくつか抜けていることに気付いたのは、すべて終わって降壇したあとでした。

それでも、手作りアニメのできがよかったせいか、結構会場の手ごたえは感じました。
プレゼン直後にMCとの簡単なやり取りがありましたが、ここでも「お酒飲んで勢いつけてくれば良かったですね」など、他のプレゼンターは言わないようなことをコメントしてみましたが、これには会場の一部が反応してくれたようでした。

すべてのプレゼンテーションが終わり、群馬大使・井森みゆきさんのトークショー、さらには桐生出身のJAZZピアニスト山中千尋さんのミニステージ(この日の大きな獲得目標に千尋さんとお話をして写真を撮る、という不順な動機がありました)などを挟み、最終的な審査発表のすえ何とか「スタートアップ部門賞」をいただくことができました。

大賞はエムダブルエス日高さんの、介護施設の革新プランで、同社の北嶋社長がアメリカシリコンバレーのご褒美旅行の栄誉に浴すことになりました。

内心はそのつもりだったので、パスポートの期限や英会話のこと、アメリカ土産なども気になっていましたが、それは杞憂に終わりました(笑)。

交流会。みゆきさん・千尋さんとツーショット。アンカンミンカンのことなど。

photo3表彰式の後、17時ころから交流会がありました。
けっこうたくさんの方々が交流会まで残っていて、かなり盛況の交流会でした。

さてこれからが、本日の裏コンセプトを実現するときです。

小生は会が始まるや否や、山中千尋さんのところに行きしばし歓談。
こころよくツーショットの写真も撮っていただき、大満足。
12月14日にはベイシア文化ホールでコンサートもあるので、「必ず行きます! 楽屋に行ってもいいですか?」などと、いつもの厚かましさを発揮しました。
あとで自分のスケジュールを確認してみると、14日は前々から仕事がらみの予定が入っていてコンサートの時間と100%ブッキングしていました。
したがって、今回は残念ながら約束違反をすることになります。千尋さんすみません。

今回、初めて山中さんのピアノを聞きましたが、最近ではトルコ行進曲のアレンジ演奏などジャンルを超える意欲的な活動をされています。
また、ステージの最後は必ずJAZZ風の八木節で締めるとか、郷土愛にもあふれた素敵な美人さんでした。

ラグタイムという左右の手で同じ和音をヒットする音楽ジャンルがありますが、山中さんのピアノはJAZZのスイング感の中にラグタイムの迫力あふれるビートがミックスしたような感覚でした。

それから、ドラムやベースと目線を交わし合図するとき、「これからあたしいい音出すわよ!」という感じで実にいたずら好きなあどけない表情をすることにも気づきました。

注:ラグタイム云々、演奏中の表情のことなどはすべて小生の主観ですのであしからず。

photo4交流会にはアンカンミンカンというみどり市に住んでいるという吉本の芸人さんも来ていて、場を盛り上げていました。

受賞者インタビューということでステージに呼ばれたので、「最近のお笑い芸人は売れ始めるとすぐバラエティにばかり出て、どんどんつまらなくなる!」などと頑固じじいの遠吠えのようなことを言ってみたら、「突っ込まれちゃいました!」などとアンカンさんだかミンカンさんだかが答えてくれました。

最後に、井森さんにもツーショットの写真を撮ってもらい、長かった一日がようやく終わりました。

結局その日は、高崎に帰ってきてからも「お祝い」と称する飲み会に行ったので、けっこう疲れました。

よく日曜は、ひたすらTVとごろ寝の1日となりました。

「上」に戻る

2013年「群馬イノベーションアワード」始末記・上 第一次、第二次選考。

ビジネスコンテストというものは、以前から行われています。
また、これと似たような仕組みに公的な補助金があります。

優劣を判定し序列を決めインセンティブを与えるか(コンテスト)、応募要件をチェックして公的な資金援助や支援を実施するか(補助金)の違いはありますが、どちらもある企て(くわだて)に対しての何らかの評価を伴うものです。

日本の社会は、廃業率が創業率を上回る状態(つまりこのままいけば理論的に企業は消滅する)が続いています。
株式会社の資本金1000万円以上という縛りはなくなりましたが、新たに事業をスタートする者にとって創業のハードルは決して低くありません。

ましてや、一度失敗した企業家の「再チャレンジ」はさらに難しいものがあります。
何年か前の第一次安倍内閣は、日本を「再チャレンジ可能社会」にすることを標榜していましたが、ご自身が再チャレンジを成功してからはスローガンそのものがどこかに消えて無くなってしまいました。
最近では、数の力で秘密保護法とか集団的自衛権など「国体護持」のための新しい法律を作ることに躍起になっているようです。

閑話休題。前置きが長くなりましたが、「群馬イノベーションアワード」(略称:GIA)というビジネスコンテストが先ごろ開催され、弊社も「スタートアップ部門」に応募し、最終的に「部門賞」なるものを頂戴することができました。

経営者は薹が立っていても、会社自体は創業まもないので「スタートアップ部門」に該当する、というわけです。

副賞でいただいたメープルリーフ金貨。田中貴金属の保証付きなのでそれなりに…。もしもの時までとっておこうと思います。

副賞でいただいたメープルリーフ金貨。田中貴金属の保証付きなのでそれなりに…。もしもの時までとっておこうと思います。

商品はずしりと重たいガラス製の楯と副賞としてのメープルリーフ金貨1オンスでした。
したがって、今日食べる飯の種にはなりませんが、とにかくもらえるものはこばまないスタンスなのでひとまずありがたく頂戴しました。

http://www.gi-award.com/

今回は、このGIAについての顛末記を書きますが、長文になりそうなので上・下と2回に分けて掲載します。

第一次審査(書類審査)顛末

このコンテストは、10月14日が第一次応募の締め切りでした。
その何週間か前に、知人からこのコンテストの存在を教えてもらい、その人が応募を準備していることは聞かされてはいました。
しかしながら、その時は自分が応募するとは夢にも思ってもいませんでした。

さて、10月14日は金曜日で週後半の蓄積疲労もあり、木曜の夜に軽く飲んだら8時ころにはぐっすり眠ってしまい目が覚めたら朝の5時前でした。

目覚めた瞬間に、まるで何かの啓示のように「今日はGIAの締切日!」ということが頭に浮かんできました。

「企画」などというものは、時間をかければいいというものではないとは思いますが、そういっても今日の今日が締め切りでは!などという現実的な悟性判断は小生には浮かびません。

昔から、理屈より直感、判断より直感、直感があったら走る!をモットーとしている楽天的な感覚派なので、「〆が昨日ではなく、今日なら一丁応募してみようか!」などと書類作成の段取りを考えながらいつもと同じ時間に会社に出社しました。

朝からドタバタと立ち回り、会社のメンバーと手分けをして作業、一通り応募書類が整ったのが夕方の5時過ぎでした。
「印刷して捺印した現物書類を時間内に届けろ!」などというお堅い受付ではなかったので、メールの添付ファイルとして送信!で何とか締め切りに間に合わせることができました。

それにしても「無謀」というしかありませんね。

小生は、企画とか事業を考えるときに、「企ての筋がいいかどうか?」を直感的に判断し、あとは「誰がどの程度の決意でそれに取り組むか?」が、Key Factor for Successだと考えています。
「筋」と「人」と「心」が成否を分けると考えていますので、アメリカMBA流の経営合理主義とはかなり考え方が違います。

今回の応募企画も、前々から温めていたもので「筋」は悪くないと思っていたので、あとは審査過程でいかに人物と決意が示せるかどうか?が勝負と考えていました。

しかし、いくら何でもたった1日(実際は半日)で企画書を作成するなんて!、日程計画という意味の「筋」はとても悪いドタバタ劇でした。

何日かしたら、書類審査は通ったので二次面接に着てくださいとの連絡がありました。

第二次審査(面接)顛末

二次審査は上毛新聞社社内での面接でした。

今回のGIAプロジェクトの推進役である株式会社ジェイアイエヌの田中仁社長、特別協賛の株式会社コシダカホールディングスの腰高博社長、そして相模屋食料株式会社の鳥越淳司社長に対し、それぞれ3分間プレゼンを行う、というものでした。
つまり3対1の面談ではないので、事業の背景やアウトラインを相手が変わるたびに3回説明する必要があります。
3回目はけっこうコンパクトに的を得た説明ができるようになりますが、たった3分間でご理解いただくことは不可能に近いものがあります。
まして当日は数日前から鼻かぜを引いていて体調が最悪でした。

ご理解いただくための説明を半ばあきらめ、とにかくパーソナリティを知っていただくことに努めた9分間(3分×3)でしたが、それなりに伝わったものはあったんだと思います。

ファイナルステージのポスター。群馬大使・井森みゆきさん、桐生出身の山中千尋さんも応援してくれます。

ファイナルステージのポスター。群馬大使・井森みゆきさん、桐生出身の山中千尋さんも応援してくれます。

ひとまず、部門ごとに3社に絞られたファイナルステージに残ることはできたのですから。

12月7日のファイナルステージは、けっこう派手なイベントになりそうな気配だったので、最低限の獲得目標は「恥をかかないこと」、マックス「一味違う印象を審査員にも観客にも与えること」というゴールを設定し準備を行い当日に臨みました。

準備過程のことや当日の様子は、次のブログに書こうと思いますので、乞うご期待です。

「下」に続く

 

今日はブログもくもく会

本日はコワーキングスペース「Somethin’ Else」で、「ブログもくもく会」というひたすらブログを書く催しがあり、小生もいきががりで参加することになった。

さて何を書くか?ということでネットにてネタ探し。年末ということもあり、この1年を締めくくるような話題が多く、今年の漢字一字や流行語大賞などの話題が目につく。

今年は流行語の当たり年で、『2013 ユーキャン新語・流行語大賞』では以下の4つが年間大賞に選ばれていた。

  • 予備校講師・林修氏の「今でしょ!」
  • NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の「じぇじぇじぇ」
  • TBS系連続ドラマ『半沢直樹』の「倍返し」
  • 東京五輪招致のプレゼンで滝川クリステルが使った「お・も・て・な・し」

「じぇじぇじぇ」や「倍返し」については過去のブログで描いたことがあるし、滝クリにはさして興味がない。
したがって、少し古くなるが「今でしょ!」や東進のTVCMについて少し感想めいたことを書いてみる。

売れるとすぐバラエティにしか出なくなる今どきの芸人たちより、こいつらのほうがよっぽど笑える。存在感もある。

売れるとすぐバラエティにしか出なくなる今どきの芸人たちより、こいつらのほうがよっぽど笑える。存在感もある。

小生は共通一次試験が行われるようになる前の、それぞれの大学がそれぞれの日程、科目で入試を実施する世代だ。

当時のほとんどの大学には一次選抜と二次選抜があり日程がそれぞれまちまちなので、たとえば朝早くから国立で一橋の一次を受け、出来具合を判断してそのまま中央線で御茶ノ水あたりから東大へタクシー、などという強行軍も可能だったように記憶している。

試験は真っさらのわら半紙がまず配られ別に問題用紙が配られるから、全く手が出ない問題が出たりすると、「問題文はともかく、物理学とはそもそも…」などと自分の知っていることだけ書いて解答用紙を埋めてくれば何とかなる場合もあった。

事実、地方国立大学の文学部などは、浪人時代の1年間一度も勉強せずに理科は物理で受験し合格するなんてこともできた。
受験生の志向も、今のようにひたすら東大というムードではなかった。
坂本竜馬が好きだったので、わざわざ群馬から高知大学へ行ったような変わり者もいた。

予備校で教える側も、「人の生き方」などの話をしてくれる学生運動の元闘士のような講師に人気があったように記憶している。

そんな世代の人間からすると、東進CMに出てくる講師の中では「数式は言葉です…」とかのたまう物理の先生が一番魅力的に感じる。
黒メガネ、髭に長髪でいかにも胡散臭い感じがしていい味を出しているのだ。

しかし今どきの受験事情は、ン十年前のような牧歌的な戦略が通用するような生易しいものではないのだろう。
CMに出てくる東進の講師陣を見ていると、とにかく「わからせる」「得点力をアップさせる」ことに長けた受験指導のプロとしての自信と強い使命感を感じる。

ことによったら、こうした受験指導のプロに学ぶ都会の私立高校系の受験生と、地方都市の公立進学校ではますます得点能力の差が開きつつあるのかもしれない。

そんなことを思わせる話題が、先週土曜日の上毛新聞の1面に大きく掲載されていた。

http://www.jomo-news.co.jp/ns/9513857353456356/news.html

何でも、前高、高々、太田高校の県内進学校が連携して東大や国立医学部への進学実績をあげるためのプロジェクトがスタートし、その講師陣は予備校が派遣するとのこと。

えっ!今の高々って東大に5人しか行かないの!?という驚きもあったが、別に東大進学者数だけが高校評価の尺度ではないと思うので、もっと地方の進学校らしいやり方もあると思うのだが。
どこか間違っている、としか思えない。

しかし、「今でしょ!」の林先生はともかく、物理の苑田さんが来るなら冷やかしに行ってみたいような気もする。
あの低音ハスキーボイスを聞いているだけで、なんとなく物理現象がわかってくるような心地よい眠気が襲ってくるに違いない。