カテゴリー別アーカイブ: 本のこと

久しぶりにBook汚腐に行ってみたらこんなムック本が…

最近少し嵌りつつある「禅」なるもの。

西田幾多郎の伝記本のような本(上田閑照『西田幾多郎とは誰か』)を読んで、改めて「禅」なるもののアウトラインをなぞってみようという気持ちになっていました。

別に極めるつもりもない、またぞや次から次へと関心の対象が移りかわる浮気心にすぎないのですが、こんな時にBook汚腐に行くとついそういう系統の本が目に飛び込んでくるものです。

こんなムック本が目に入り、100円以上の本をBook汚腐で買うべきではないという戒めを破り、つい買い込んでしまいました。税込500円也。

道元から始まり雪舟、良寛から山頭火まで、一通りの解説のほか、只管打坐の世界-永平寺の生活というコーナーもあるので、しばらく暇つぶしになりそうです。

全編180頁余り、ほとんどカラーなので、飽きずに頁を追いかけられそうです。

 

読書会をはじめようかと。まずは柄谷行人から。

講談社学術文庫 880円(税別)

講談社学術文庫 880円(税別)

読書会でもやらかそうかと思っています。

何から始めるか?
いろいろ考えた末に、まずは柄谷行人の「マルクス…」から始めみようと考えています。

なぜ今更柄谷?それも、「マルクス…」なの?
と言われても特に大きな理由はありません。

強いて言えば、一人で悶々と読んでいても「柄谷さん流のお洒落で衒学的な言葉」に酔うことはできても、中身を深く理解することはできないので、何人かで一緒に読めば「ああ、そういくことか!」という気づきがあるかもしれないと思ったという単純な理由です。

詳細は後日公開しますが、

  • フン!確か法政にいるあの気障な教師ね!女子学生に人気らしいけど!
  • そんな人知らないよ!マルクスって聞いたことはあるけど!

という人から、「柄谷については俺も言いたいことがたくさんある!」というエキスパートまで、幅広く一緒に読んでくれる(少し)暇な人を募っています。

山折哲雄著「空海の企て」読了記。大胆、細心な戦略家。

シルバーウィークとやら、特にやることもない。

愛車Rover75にDIY修理を施し、夕方から飲み始めると8時には昇天。
12時過ぎに目が覚めコンビニでアルコールを補充、後はお決まりのお風呂読書となる。

山折哲雄著「空海の企て」を読了。
この本は、今は亡き石井巨匠の終の棲家となった本郷のアパートから遺品として発掘したもの。

山折哲雄など、若いころはただの「反動糞オヤジ」にしか思っていなかったのだが、最近結構読んでいる。おそらくこれは、年のせいかもしれない。

空海と言えば、もしかして今の日本人、とりわけ高齢者に一番尊敬されている存在ではないか?
菩提寺が真言宗だからかもしれないが、小生の母親も「南無大使遍照金剛」というお題目(念仏?、宗派によって呼び方が違うらしい)を始終口にしているし、時あたかも秋のお彼岸で一緒に墓参りに行った昨日も、線香を上げながら「南無大師…」を繰り返していた。

また、弘法大師は灌漑のため何とか池を作ったとか、師の導きでどこかに温泉が出たとか、日本全国に数々の伝説があり、聖徳太子と並んで素朴な尊崇の対象のようだ。
葬式と法事の時にしか仏教が意識されない今の日本でも、大師様のことをあからさまにののしる人は少ない。

何故か!

そんな疑問もあって読んでみた「空海の企て」。一言で言って、空海という伝説と尊崇の対象とされている人物の実像(目論見)が書かれていて、刺激的に面白かった。

この人、一種の天才なのだろうと思う。
四国の田舎に生まれ、少年時代を山野で過ごし、京都で頭角を現し遣唐使として中国へ。
そしてたった2年弱で密教の真髄を会得し帰国、その後は日本の国のかたちづくりのメインストリームを歩み、神道と仏教の棲み分けを画策し政治と宗教の絶妙なバランスを取りながら、密教を国づくりの礎として発展させていく。

政治と宗教と言えば、悪名高き道鏡の名前がよく出てくるが、空海は道鏡の失敗から学び実に巧みに天皇家と摂関家を懐柔し、350年続く平安の世(国のかたち)を作ったのだ。

「企て」の語感にはあまりいいイメージはない。「目論見」と同じ、目的合理的ではあっても手段を選ばず時には汚いこともいとわない、そんな負のイメージが常にある。

したがって、「道鏡の企て」といえば腑に落ちるが、「空海の企て」と言われると「あれっ!?」という感覚があるのが、小生も含めて大方の日本人の感じ方なのだろう。

しかし実際の空海は、道鏡以上に細心で大胆な戦略家なのだということがよく解りました。
「悪魔のような」とまでは言いませんが、人がなしたことの好悪は、その後の歴史や歴史教育によって大きく左右されることを、改めて感じた次第です。

ネットの宣伝戦略があまりにもうざいので、斜め目線で見てた西なんとかセンセの明治維新論も、一度は読んでみようかという気持ちになりました。

中勘助を知らずに来たのは、生涯の不覚だったかもしれない!

無垢な子供ごごろ。それはかつて誰にでもあったものなのだろう。
かくいう小生にも、そんな時代があった(ような覚えがある)。

家族や友達、学校の先生との何気ないふれあいや故郷の自然。
その中で時に傷つき、嫉妬を感じ、意気消沈し、感激してきた。
嬉しいにしろ悲しいにしろ、大きな感情の起伏のただなかで、毎日毎日を送っていたような、そんな時代は確かにあった。

(閑話休題)

IMG_0747子供の作文を読んでいると、素直でみずみずしい感情表現に感心することがある。
絵や習字の類でも、この子がこの感性のまま大きくなったら、とてつもない芸術をモノにするのでは?、などと大げさに思うことも少なくない。

しかし、ほとんどの大人にはそういう「才能」が花開くことは無い。

中勘助の「銀の匙」を読んで、みずみずしい子供ごころと大人の豊かな感情表現力が、凡人にはとてもまねできないような高いレベルで見事に調和していることに、素直に驚いてしまった。

こんな世界があったのか!こんな小説があったのか!
大げさに言うと、いろんな本を読んできていても中勘助を手に取ることがなかったことは生涯の不覚であった、かもしれない!

「銀の匙」のほか、岩波文庫にあと2冊あるようなので、しばらく嵌ってみたいと思う。

かなり遅れて初詣&お久のブック汚腐。

今年の1月はとても忙しくて、初詣にも行けませんでした。

月が替わって2月になってしまったら「初詣」でもないだろう!と思い、1月最終日の31日に遅ればせながら初詣へ。
安中市内に「羊神社」なるものがあると聞いていたので探してみようかと思いましたが、無難なところで貫先神社へ。さすが上州の一宮で、この時期にも結構お客さんが来ていました。
宝くじがよく当たるといわれる近くの酒屋さんはなぜかお休みでした。
石段では地元の中学陸上部がダッシュの訓練をしていて、「放課後の校庭を走る君がいた、遠くで僕は…」などという懐かしいフォークの一節が思い出されたりして。

帰りに、普段は行かない遠くのブック汚腐に寄ってみました。

書籍としての価値判断なしに二束三文で買いたたき、ひとまず半額で並べてみて数か月動かなければ「腐ったリンゴ」と称して100円コーナーに移動する。誰でもできるこの運営方法がブック汚腐の流儀なので、100円以外の古本を買うとまんまと店の戦術にはまる、こう固く信じている小生は、ブック汚腐ではよほど欲しいものがない限り100円コーナー以外にはいきません。

この日も100円コーナー主体にかなり時間をかけて掘り出し物を物色し、結局以下5点を買い込んできました(これ以上の冊数を買い物籠に入れて長時間ウロウロしていると、いわゆる「セドリ氏」と思われそうです)。

  1. IMG_0738まんがで読破 カラマーゾフの兄弟
  2. まんがで読破 神曲
  3. 河合隼雄×中沢新一 仏教が好き!
  4. 西部邁 知識人の生態
  5. 中勘助 銀の匙

IMG_0739「1」「2」は、原作に何回もチャレンジして、中途半端に終わっている古典。
さっそく「1」を読んでみましたが、けっこうおもしろく読めました。これならまんがで十分、などと思いました。

「3」は、対談なら平易に両氏の言説のアウトラインをつかめると思い、とりあえずこれをきっかけにもう一度「チベットのモーツアルト」あたりに取り組んでみようと思い…。

「4」は最近「朝まで生TV」などでシニカルな意地悪ウサギぶりを披露してくれないあの西部さんの本。まだご存命なの?など不謹慎なことを思いながら。

「5」は前から読みたかった本で、有名進学高校の先生が現国の教科書として使っているという日本語文体の模範的な作品とのこと。

どの本も、しばらく睡眠薬代わりなりそうです。

自宅本棚の立松和平崩し、25冊くらいありました。

今日は自宅本棚の立松和平の本を整理しました。もっとあったはずですが、25冊ほど見つかりました。

コワーキングスペースSomethin' Elseにおいてあります。和平ちゃんファンがいればお気軽にどうぞ。

コワーキングスペースSomethin’ Elseにおいてあります。和平ちゃんファンがいればお気軽にどうぞ。

彼が亡くなってから何年経つのでしょうか? と思っていたら当時のブログがあり日付が2010年の2月になっていた。

http://www.fairmind.jp/president/2010/02/10/381

その頃は、ノートPC持ってあっちこっちのネットカフェや公共図書館へ出かけ、データベース開発の仕事などをシコシコやっていた。

「ノマドワーカー」とか「コワーキングスペース」などという言葉などまだなく、喫茶店でパソコンに向かい長居していると、なんとなく周囲の目が気になるような時代だった。

そして今、新しくはじめた会社でコワーキングスペースなどをやっていたりする。

時代の変化は早い! そして、まさに「思わず遠くまで来たもんだ!」と実感。

名作だと思います。初期のころの代表作ですね。

名作だと思います。初期のころの代表作ですね。

映画にもなった「遠雷」。石田えりのまぶしい肢体が目に浮かびます。

映画にもなった「遠雷」。石田えりのまぶしい肢体が目に浮かびます。

「回りつづける…」はお気に入りのエッセイ集です。

「回りつづける…」はお気に入りのエッセイ集です。

 

 

 

村上春樹「色彩を持たない…」を読んで思うこと。

巷に村上春樹賛辞があふれている。

最新作の「色彩を持たない…」の大ヒットは、不景気が続く出版界のなかで久しぶりに明るい話題となった。
雑誌が売れず、去年ミリオンセールスを記録したのは阿川佐和子だけという出版不況の中で、何はともあれ喜ばしいことである。

村上春樹は毎年のようにノーベル賞にノミネートされるし、国内だけでなく、英語圏、フランス語圏、ドイツ語、スペイン語、中国語、韓国語など、世界のいたるところで読まれているらしい。
数年前に行った上海で、髪の長いけっこう美形な10代と思しき中国人の女の子が英訳の「ノルウェー」を持って空港の入国チェックの列に並んでいたことも思い出す。
そんな少女を何人も目撃したものだ。
現代文学としての価値云々を超え、東南アジアの諸国では村上春樹の著作を集めることが今やファッション化しているなどとの噂も聞こえてくる。しかも日本語の原作を!

しかし、ここまでブームが来ると長年のファンとしても生来の「へそ曲がり」の気分が立ち上がり、「色彩…」も出版直後に先を争って買い求めることはしない。
あちこちの本屋に在庫がいきわたって、少し落ち着いてから手にすることになる。
どうも、「1Q84」あたりからそんな読者になってしまったようだ。

「色彩…」は、「像・羊系」のファンタジーではなく、「ノルウェー」に連なるような心情ノベルだった。
「アフター・ダーク」ほどつまらなくなく、「カフカ」や「ノルウェー」ほどの深みもなく、まずまずといったところ。

昔はほとんどの著作を夢中になって一気に読んだものだが、最近は読了まで最低1週間はかかってしまう。

自分の中での村上ブームは、少し勢いがなくなっているのか?
それとも、単に自分の読書パワーがなくなってきただけなのか?

あるいは…。

久しぶりにBOOK汚腐に行ってみたら

ブログ、この前のエントリーが甲子園の健大高崎の話題だから、3週間ほど何も書かなかったことになる。

仕事が適当に忙しかったこともあるが、何となく「その気にならない」日々が続いた。
この間2回ほど渓流に出かけてみたが、手ごたえのあるヤマメ君をゲットしたのは1度だけ。
一応写メに撮ってみるものの、撮り方が悪いせいかてとても小さく見えてしまうので掲載は中止。

何か面白い話題でもないかな?などと思い、これまたお久にBOOK汚腐に出かけてみた。

たまに覗いてみるとBOOK汚腐高崎店(中古劇場とか言う前はコジマだったでかい店)には、結構そそられる本があった。

もともとBOOK汚腐では100円本以外に買ってしまうと、まんまと店の戦略にはまってしまうので、100円コーナー以外は見向きもしない。

互いに何の脈絡もないが、とりあえず目について買いこんだものは、以下計11点。
最近は、前に読んだことのあるもので確か本棚の奥にあったはず、というものもつい買ってしまう。「6」「7」「10」はそんな一冊だ。

1.筑摩 現代日本文学大系 小林秀雄
2.同 永井荷風 1~2
3.野矢秀樹 はじめて考えるときのように
4.小池真理子 男と女
5.川端康成 抒情歌・禽獣
6.寺山修二 書を捨てよ、町へ出よう
7.同 両手いっぱいの言葉
8.大塚英志 「彼女たち」の連合赤軍
9.瀬戸内寂聴 孤独を生きる
10.梶井基次郎 檸檬

早速「1」のなかの「無常といふ事」「西行」あたりの懐かしさの余韻に浸りながら「3」を通読。
野矢秀樹さんのこの本は、1時間で読みきれる平易な表現で書かれた「考えることの入門書」だが、実に味わい深く面白いものだった。
続けて「4」も斜め読みしてみたが、これは駄本。数項目だけ拾い読みして終了。

明日から大塚英志さんに取り掛かってみよう。
一応買ったけど「5」「9」はまだ何となく読む気にならない。
もう少し枯れてからにしよう(これ以上!?)

東京での仕事、最近読んだ本など

数ヶ月前から続いていた都内の仕事が、ユーザー向け説明会の開催をもってほぼ終了!

エンドユーザー5人ほどが、1サーバー+3クライアントで使うFileMakerシステムだが、納品間近になってもいくつかの課題が発生した。クライアントは結構大きな大学病院なのだが、信じられないことがたくさんあった。

3つのシステムをそれぞれ別個のベンダーが担当し導入を進めているが(FileMakerシステムはそのひとつ)、営業的な責任体制がほとんど機能していないのでけっこう苦労することになったのだが…、この話を続けると愚痴や批判になるので、ここでいったん終了。

2日おきに上京していたため、必然的に長い時間電車に乗ることになり、けっこう読書ができた。

最近では、The Catcher in the Ryeの英語本と野崎孝の訳本を照らし合わせながら読み、その流れで「ハックルベリー…」などを、いい年をして読んでいる。
50代半ばになっても「ハックルベリー…」の面白さは格別で、わずかに残っている冒険心を刺激してくれた。

ただこの本、古本屋で安売りしていたのを衝動買いしたものなので、かなりいたんでいる。
満員電車で顔を近づけて読んでいると何だかかび臭いにおいがしてくる。
あるとき自分の体が過剰に反応したのか、セキが止まらない状態になってしまった。

都会には「大丈夫ですか?」などと優しい声をかけてくれる人もなく、「何だよこいつ!俺にうつすなよ!」という冷たい視線をよそに、年齢不相応の文庫を読む中年男がいるのでした。

次は何にしようか? さすがに「トムソーヤ」じゃね!

桜庭一樹『少女七竈と七人の可愛そうな大人』!

ここのところ少しはまっている桜庭一樹の『少女七竈と七人の可愛そうな大人』を読んでみた。

直木賞受賞作『私の男』を読んだときも、若い(年齢知りませんがおそらく!)女性が、なんでこんなにも濃密で暗い人間の深部を描けるのか?、不思議な気持ちでいっぱいでした。
自身の体験から生まれる言葉や表現なのか?、ただ単なる聡明な知識なのか、桜庭さんの生い立ちなども知りたいと思っていたものです。

桜庭さんは、もともとは富士見ミステリーという、中年男が買うには抵抗のある装丁の文庫シリーズで育った人のようですが、そのころから人間(もちろん主役は少女)の内面を真似できないようなタッチで鋭く描いていたようです。

七竈という木は、七回竈で焼いても灰にならずにいい炭になるなんてこと露知りませんでした。

どこにでもいる容貌平凡な女教師がある日突然(このトリガーは男の小生にはよくわからなかったが)、「辻斬り」のような男遊びを始め、その後、人に理解されない風来坊(本の中では旅人と呼ばれている)になってしまう。

7回におよぶ激しい情事の結果、この世に生を受けたのが七竈で、この少女は類まれな美貌を持っている。
少女は生まれ持った美貌を、高慢さやその裏返しのような謙虚さでもなく「呪い」のように感じる。

なんとなく昔読んだバタイユの世界に通じるものがあるなどと言ったら、澁澤センセにしかられるだろうか(笑)?

とにかく、少し勇気を出して本屋で富士見ミステリーを手にとって見たい。