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山折哲雄著「空海の企て」読了記。大胆、細心な戦略家。

シルバーウィークとやら、特にやることもない。

愛車Rover75にDIY修理を施し、夕方から飲み始めると8時には昇天。
12時過ぎに目が覚めコンビニでアルコールを補充、後はお決まりのお風呂読書となる。

山折哲雄著「空海の企て」を読了。
この本は、今は亡き石井巨匠の終の棲家となった本郷のアパートから遺品として発掘したもの。

山折哲雄など、若いころはただの「反動糞オヤジ」にしか思っていなかったのだが、最近結構読んでいる。おそらくこれは、年のせいかもしれない。

空海と言えば、もしかして今の日本人、とりわけ高齢者に一番尊敬されている存在ではないか?
菩提寺が真言宗だからかもしれないが、小生の母親も「南無大使遍照金剛」というお題目(念仏?、宗派によって呼び方が違うらしい)を始終口にしているし、時あたかも秋のお彼岸で一緒に墓参りに行った昨日も、線香を上げながら「南無大師…」を繰り返していた。

また、弘法大師は灌漑のため何とか池を作ったとか、師の導きでどこかに温泉が出たとか、日本全国に数々の伝説があり、聖徳太子と並んで素朴な尊崇の対象のようだ。
葬式と法事の時にしか仏教が意識されない今の日本でも、大師様のことをあからさまにののしる人は少ない。

何故か!

そんな疑問もあって読んでみた「空海の企て」。一言で言って、空海という伝説と尊崇の対象とされている人物の実像(目論見)が書かれていて、刺激的に面白かった。

この人、一種の天才なのだろうと思う。
四国の田舎に生まれ、少年時代を山野で過ごし、京都で頭角を現し遣唐使として中国へ。
そしてたった2年弱で密教の真髄を会得し帰国、その後は日本の国のかたちづくりのメインストリームを歩み、神道と仏教の棲み分けを画策し政治と宗教の絶妙なバランスを取りながら、密教を国づくりの礎として発展させていく。

政治と宗教と言えば、悪名高き道鏡の名前がよく出てくるが、空海は道鏡の失敗から学び実に巧みに天皇家と摂関家を懐柔し、350年続く平安の世(国のかたち)を作ったのだ。

「企て」の語感にはあまりいいイメージはない。「目論見」と同じ、目的合理的ではあっても手段を選ばず時には汚いこともいとわない、そんな負のイメージが常にある。

したがって、「道鏡の企て」といえば腑に落ちるが、「空海の企て」と言われると「あれっ!?」という感覚があるのが、小生も含めて大方の日本人の感じ方なのだろう。

しかし実際の空海は、道鏡以上に細心で大胆な戦略家なのだということがよく解りました。
「悪魔のような」とまでは言いませんが、人がなしたことの好悪は、その後の歴史や歴史教育によって大きく左右されることを、改めて感じた次第です。

ネットの宣伝戦略があまりにもうざいので、斜め目線で見てた西なんとかセンセの明治維新論も、一度は読んでみようかという気持ちになりました。