月別アーカイブ: 2014年10月

10月22日は中原中也の命日とのことで…。

1937年の今日・10月22日が詩人・中原中也の命日だそうです。

中也といえば昔の中学校の教科書に必ずのっていたし、フォークソングにもなった「汚れちまった悲しみに…」などが思い浮かびます。
また、恋人をあの小林秀雄と争って敗れ失意の中で哀感こもる詩を書いた、などというエピソードを聞いた時に何となく肩入れしたくなるシンパシーを感じる存在でした。

処女詩集の{山羊の歌」のなかにある「サーカス」という詩には、有名な一節があります。

幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
今夜此処での一と殷盛り
今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒さに手を垂れて
汚れ木綿の屋蓋のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」…聞いたことないけど、耳に残る不思議なブランコの擬音語。
この言葉の感覚は、常人にはマネのできないものでしょう。

30歳にして脳膜炎での絶命だそうです。

郵便配達は二度ベルを鳴らす。

PostmanAlwaysRingsTwice繰り返し映画化されているので、よく知られた小説。

普段小説を読むことはほとんどないが、最近出た新訳ということと扇情的なブックカバー、それに何より490円という安さにひかれ、つい手に取ってみた。

ビスコンティが撮ったモノクロ作品は、繰り返し見ているお気に入りイタリア映画の一つだが、ジャック・ニコルソン主演のものはセックスシーンが生々しすぎてみる気になれなかった。

よって「郵便配達」についての先入観は、ほとんどビスコンティの古い作品によるものであった。

この旧作では、風来坊の主人公と食堂の人妻が出会う瞬間が、ぞっとするような感覚で迫ってきたものだ。
俳優の表情、カメラワークや音楽などがあいまって、一瞬にして恋に落ちる男と女の「瞬間の真実」のようなものを理屈ではなく解らせてくれる。
しかしこの映画は、最初の食堂主人殺しをめぐるストーリーが中心なので、「二度」の意味はまったく不明だった。

今回改めて小説を読んでみると、作中に「郵便配達」こそ登場しないものの、「二度」というモチーフはよく効いている。
最初の殺人と二度目の殺人、二度発生する交通事故、重要なシーンで二度登場する印象的なネコ(二回目は大きなネコ・ピューマだが)…。
原題にあるTwiceの意味が、何となく腑に落ちた次第。

それにしても「ネーミングの妙」というのは確かにあるのだと思う。

<The Postman Always Rings Twice, 郵便配達はいつだって二度ベルを鳴らす>などと言われれば、監督ならつい映画にしてみたくなるのだろうし、何回も映画を見せられたうえで、小説も読んでみたくなるというものだ。

若干、いや大いに感服!

会社には、時々エホバの証人もやってくるのだ!

会社やっているといろいろな人がやってきます。

オールカラーの立派な冊子。毎回有難うございます。

オールカラーの立派な冊子。毎回有難うございます。

アポイントをとって約束の時間に来る人ばかりでなく、「駅前のカラオケハウスですが、使ってください」とか「弁当宅配しますので、いかが」とか、中にはパンを箱に詰めてもってくるおじさんもいます。
これらはいわゆるアポなしやってくる人たちですが、そんな中に「エホバの証人」の人達がいます。

彼ら(彼女たち)は、毎回「目覚めよ!」と「ものみの塔」という立派な冊子を持ってきてくれるのですが、こういう話はまるっきり嫌い、というわけでもないので、時間のある時は時々しめやかにお話をさせていただくこともあります。

そんな2つの冊子が事務所のテーブルに置いてあったので、パラパラめくって見ると結構読ませてくれることもあります。
先日も、「お先に!」などと言って帰ろうかという瞬間に冊子が目に留まったので少し読んでみたら、結果的に事務所を出る時間が1時間ほど遅れることにあいなりました。

これらの冊子には毎回テーマがあるようで、たまたま読んだ「目覚めよ!」は「ストレス」の特集で、「ものみの塔」は「将来を見通すことはできますか」という特集でした。

どうでしょうか? なかなか現代人をひきつけるタイトルだとは思いませんか?

特集では、ストレスとか将来展望などの現代人が関心ありそうな話について、イエスやイエスの使徒たち、マリア様はこういったとか、聖書にはこう書いてある、などと論を進めていくのですが、結論にはそれほどの違和感がなくても、聖書に象徴されるような西洋文化に心得がないものにとっては、その引用や言説が「まったく腑に落ちない」のです。

もとより、毎回冊子を持ってきてくれる証人たちの純粋さを疑うわけではありませんし、彼女らはみな結構いい顔をしている(きれいとか、かわいいとかいう意味ではありません)と思っていたのですが、おそらく彼女らの文化的背景も日本と日本的なものにあるはずなのに、なぜこのキリスト教西欧の世界観に没入できたのでしょうか?
そんなところが少々不思議な気がします。

こっちのほうが日本人には(少なくとも小生には)合いますね。

こっちのほうが日本人には(少なくとも小生には)合いますね。

ちょうど同じ時期に、大角修さんという人が書いた『往生要集』の解説本(『日本人の死者の書~往生要集の<あの世>と<この世>』)を読んでいたのですが、こっちのほうがずっとすんなり体に入ってくるものがありました。

やっぱ、日本人なんですかね?
昔、「俺は日本人をやめたい!」と思ったこともあるんですが!

休日出勤の秋、昼下がりのただの雑感です。

「あそこの社長、何とかなりそうだからちょくちょく行ってみよう!」などと腕を撫してはいけませんよ、証人様たち。

小林秀雄が志ん生なら、茂木健一郎は林家三平!?

「花子とアン」での名演技が巷の関心を集めている茂木センセですが、あれは小津安二郎作品の笠智衆の境地ではないか!、などというバカな評価もあるらしい。
「群馬初」・伊勢崎の講演会では、茂木さん本人もそんなことに触れていた。

「何をバカな!」。

モノの言い方や人の褒め方はいろいろあるものですが、「そんなことは断じてない!」。
これは小生のただの直感です。

ともあれ、本業ではない単なる余技での戯れについて、「すばらしい」とか「棒読みだ」などとあれこれ言われても、「屁の河童!」というのが茂木さんの本意なのだろう。

何分ミーハーなので一応

何分ミーハーなので一応

先日、伊勢崎にて茂木さんの講演を生で初めて聞いて、昭和30年代生まれの小生は「昭和の爆笑王」といわれた林家三平のことをつい思い出してしまいました。

当時の林家三平さんは、「あんなの落語じゃない!」などと言われながらも、とにかく圧倒的な笑いを獲得していた。その勢いには、由緒正しい古典落語派なるものがなんと言おうと、「負け犬の遠吠え」にしか聞こえないハチャメチャパワーを感じさせたものだ。

茂木さんの話は、普通の知識人の講演のように持ち時間用に準備した話を淡々と読み上げるのではなく、またパワーポイントの資料に沿ってTED風にプレゼンするのでもなく、まさしく三平風に聴衆と一体化しながら飄々と場を作ることを狙っているような気がした。
「多動症・茂木健一郎による、話芸中心のステージ」、それが茂木健一郎講演の本質なのだろう、と思う。

もしかしたら、茂木さんは小林秀雄のことをかなり意識しているのではないかとも思う。

『文学の雑感』とか小林秀雄の講演は、いまでもCDで聞くことができるが、確かにその語り口には何とも言えない古典落語のような味わいを感じる。

それは志ん生の名調子にとても似ている、という評価もある。
(小林秀雄も志ん生も、同時代の雰囲気の中で聞いたことのないので、事の真偽を云々できないのだが)

「何もかも小林秀雄に教わった」という誇大な妄想表現はあるが、何かと小林秀雄を意識している茂木さんは、志ん生の代わりに三平を意識して演じているのだろう。

もしかしたら、生来あのもじゃもじゃ頭であるがゆえに、「俺は三平で行く!」とどこかの時点で戦略的な選択をしたのかもしれない。

だとすると、「やっぱ茂木健一郎は只者ではない!」などと思ってしまうのでもありました。

「群馬初登場!」、茂木健一郎さん後援会の雑感。

何分ミーハーなもんで。

何分ミーハーなもんで。

茂木健一郎さんの講演会に行ってきました。伊勢崎の境文化センターなる場所でした。
「群馬初登場」ということだったので、「花子とアン効果」もありもっと人が集まるのかと思ってましたが、会場七分程度の入りでした。

開口一番、茂木さんは自分の父親が高崎出身者であることを吐露されました。
「自分もまったく群馬と関係なしというわけじゃないんだよ」という、講演冒頭の「掴み」ですねこれ。

次に、前日の仙台公演から伊勢崎の会場に来るために、新幹線を本庄早稲田で降りて境町まで歩いてなんと4時間10分かかったとのことでした(このあたり、いわゆる「変人」の面目躍如)。
道中感じた群馬の田園風景と空の大きさを、留学先だったイギリスのケンブリッジと比べ、大いに持ち上げてくれました。
まずは聴衆とのラポール形成に成功、といったところです。

講演内容そのものは、いうゆる「群馬仕様」で、1時間強のお話は雑談そのものでした。
(雑談が悪いと言っているわけではありません、念の為。雑談の気づき効果をおおいに評価していますゆえ)

印象に残ったのは、あの奇跡のリンゴの木村秋則さんのエピソードを借りた「苦労」と「情熱」の関係の話と、子供のころのご自身の体験をネタにした「ヤンキーとオタク」の相互啓発の話でした。

前者はマルクスの『経哲草稿』にあった、あの「受苦的=情熱的」という人間論の話だな、などと懐かしく思いながら聞いていました。
後者は、「毎日かったるいぜ! どこかにいい女いないかな! 金を設け、いい車に乗りたい!」という欲望の塊であるヤンキーと、「食い物はジャンクフードでいいけど、このプログラムコードのこの部分を何とかしたい!」という、欲望は極小でも重箱隅にこだわるオタクが、組織の中で互いに創発することでイノベーションが誘発される、という話でした。

この「ヤンキーとオタクの創発論」は経験的にも深く首肯でき、腑に落ちるものがありました。

よって質問タイムで、「互いにもっとも反目しあっているヤンキーとオタクを、どうしたらうまく創造的に融合することができますか?」などと、質問してみました。

茂木さんは、「群馬にもいやな奴がいるのか!」と感じてくれたでしょうか?
少し答えに困った様子。
回答は、「互いにリスペクトすること」とか「共感性が大切」という極めて一般的なものでした。

質疑タイムは限られていてかなりの数の挙手があったので、「大蔵省や東大は、10%程度のヤンキーを一芸の達人として採用したら!?」とか、「東大の一番優秀な奴を、毎年10人ほど自衛隊とかブラック企業に強制的に送り込んでみたら!?」とか、「茂木さんのように優秀で影響力がある方こそ、そんなことを具体化する立場にあるのでは!?」などと、くだらない妄想で茂木さんの時間を占領することは避けました。

ともあれ、「群馬初」の茂木さんの登場は、質疑3つで「粛々」「シャンシャンシャン」と終わりました。

小生はミーハーなので、当然サイン会に並びましたが、サインのために用意した30冊のご著書は直前で売り切れと成しました。
主催者の要請もあり、名刺交換と写真撮影しかできませんでしたが、しっかりと写メを取っておきました。

蛇足ですが最後に、主催者は極めて慇懃無礼に予定をこなすこととだけを考えているようで、あまりいい印象を持てませんでした。
また、主催企業の1社である群馬通商という会社は、この茂木健一郎後援会を皮切りに東京でしか聴けない質の高い一連の講演会を実施していくそうですが、そんな意欲的な企てにかける「気迫」や「思い」をほとんど感じることができませんでした。

たった3,000円也の講演会にお前はどこまで何を期待しているのか!、という声はあるとは思いますが、中年男の独り言も少しは何かの役に立つかもしれないので、晩酌の勢いを借りて書いておきたいと思います。

ともあれ、楽しいひと時を過ごさせていただきました。