月別アーカイブ: 2014年8月

聴いてきました「浜崎航meets松本茜trio」 at cocoizumi

matsumotoakanewithhamasakiwataru会社近くの「cocoizumi」で聴いてきました。

浜崎航meets松本茜trio。

テナーからソプラノ、さらにフルートまで器用にこなす浜崎航さんをゲストに、美人さんピアニスト松本茜さんのトリオ。

50人くらいしか入らないような小さなホールでも、1時間半にわたり手を抜かずに演奏してくれました。

なかでも、「Playing」「JJ」など松本茜さんのオリジナル曲の迫力には圧倒されてしまいました。
「A列車…」などのスタンダードやバラードもよかったけど、松本茜さんの持ち味は、最初のアンサンブルパートからブンブン言わせて、ドラムやベースと速弾きで闘うような曲によく表れているような印象を持ちました。

他の楽器と激しく渡り合っても、表情ひとつ変えないクールな演奏に、「恐るべし松本茜」といったところです。

たった3,000円でいいもの聴かせてくれました。

閑話休題

後半ステージの真ん中あたりに「Good Bye」が演奏され、愚かなりし昔のことを思い出したりして…。

その昔、仙台というところに「タイガー」とかいう巨大なグランドキャバレーがあり、しばらくバイトしていたことがあります。
小さな屋内球場というようなしつらえの大きな空間は、真ん中がダンスフロアになっていて周りにホステスさんたちが酔客をもてなすテーブル席がたくさん配置されていました。

今でいう「キャバクラ」や「ガールズバー」とかと違い、お金持ちの中年男やご老人達がお気に入りのホステスさんたちと飲んで談笑する、由緒正しい感じのグランドキャバレーでした。
客が女性のご機嫌を取るような本末転倒もなく、素人の歌を我慢して聞かなくてはならないカラオケなるものもありませんでした。

このグランドキャバレーでは、専属のバンドが1日の最後に必ず「Good Bye」を演奏し、女性の声でお決まりのナレーションが流れました。
「今日もまたお別れの時間がやってきてしまいました。まことにお名残惜しいのですが、今宵の素敵なパートナーとラストダンスを楽しみください…」などという不思議なナレーションでした。

このナレーションの声と「Good Bye」のメロディーは、何十年たってもクオリアのように意識の底にこびりついています。もちろん、この時の「Good Bye」は気の利いたJazzのアドリブ演奏ではなく、ただ主旋律を繰り返すだけの陳腐なものでしたが、不思議な声のナレーションと一緒に今でもはっきり覚えているのです。

さらに愚かな話を続ければ…

このころ小生は少し自暴自棄になっていまして、普通の学生さんはやらないようなこのキャバレーのバイトをしていたのですが、いつも1,000円札を出して「これでたばこ買ってきて、おつりあげるから」というオネイさんがいました。タバコが一つ確か200円以下の時代だったので、毎回恐縮しながらいつもありがたくいただいていました。

このオネイさん、けっこう大胆にバイト君たちがいるそばで着替えをしたりします。
そんな時に、よく後ろのファスナーを上げるように呼ばれたものです。

そのドレスの色とかファスナーの感触なんかも、今でも手に残っています。

鈍感だった小生には、1,000円タバコとかファスナーの意味は当時よくわかりませんでしたが、このオネイさんの顔はまだ何となく覚えています。

そういえば、バイト仲間と喧嘩になって、圧倒的に強そうで悪そうな奴にやられそうになった時も、このオネイさんが近くにいてくれたような気がします。

今さら書かなくてもいいようなことを書いてしまって…。また、遠い目に…。

久しぶりの麻雀。Jazzのお店・Pierrotさんからいただいたドングリのオブジェ。

14日はおよそ15年ぶりに麻雀卓を囲んだ。

休みなので午前中の11時に雀荘・飛鳥に集合。
メンバーは関係会社のトップと社員さん。

2週間ほど前から「テニス肘」とやらで2回注射を打ち、右手には大きな湿布を張っているのだが、まだ痛みがひかない。よって、運を引き寄せるための「気合」がなかなか乗らないが、成績は久々にしてはまずまずだった。

時間を忘れ久々の麻雀を楽しみ、夜9時ころ健康的にお開き。

IMG_0533このまま帰宅してもいいのだが、何となく南町のJazzのお店「Pierrot(ピエロ)」へ。

マスターお手製のドングリの野草オブジェをいただいて、ここも健康的にコーヒー一杯で済ませる。

ドングリオブジェは、自然の岩のくぼみに種から30センチほど伸びたドングリの木(芽?)を移植してあり、なかなかいい雰囲気を醸し出している。
コワーキングスペース「Somethin’ Else」に飾るつもりだが、ひとまず家に持ち帰ると愛しの志摩ちゃんが興味津々でクンクンしていた。

マタタビじゃないんだよ!

ナショナルジオグラフィック展を見てきました

どこからいただいたものか忘れてしまいましたが、「ナショナルジオグラフィック展」の招待券があったので高崎市美術館に行ってみました。

bunner_national_geo

「ナショナルジオグラフィック協会」は、発足後125年の長きにわたって地球とそこに暮らす生き物(人間はそのうちのたった一つの種!)を、写真と文章で伝えてきた非営利の科学・教育団体だそうです。
そんな協会が発行している「ナショナルジオグラフィック誌」は、商業主義本位の写真誌とは違う格式のある月刊誌で、これまでに数多くの地球や人類文化への格調高い賛歌、時にはセンセーショナルな警鐘ともいえる写真を掲載してきました。

今回の「ナショナルジオグラフィック展」では、125年の中で蓄積された1000万点を超える写真の中から、選りすぐりの180点を展示しているそうです。

実をいうと、「ナショナルジオグラフィック」といえば「マディソン郡の橋」に出てくる、あの最後のカーボーイがカメラマン契約をしている出版社かな?、という程度の認識しかなかったのです。(相変わらずの厚顔無恥な世間知らずに汗!)

アフガン難民の少女

アフガン難民の少女

 

動物行動学者ジェーン・グドール

動物行動学者ジェーン・グドール

展示された180点余りの写真をじっくり眺めていると、絶滅にひんする野生生物の現実、人類文化・科学と自然との関係など、今このタイミングで考え直さないと人類はおろか自然も地球も取り返しのつかなくなるような深刻なテーマにフォーカスしている作品が多く、けっこう考えさせられるものがありました。
ライオンやトラなど、自然生態系の頂点に君臨しているはずのネコ科大型猛獣の多くは絶滅の危機にあるそうです。
トラやライオンはあんなに強いのになぜ?
人間は生物的にはこんなに非力なのに、ここまで世界中に繁殖したのはなぜ?

ウナギが食べられなくなったら困る、などと能天気に嘆いている場合じゃないかもしれません。

多くの感動的な作品の中で、動物行動学者ジェーン・グドールと生後間もないチンパンジーを写した1枚があり、写真説明にはグドールさんはチンパンジーが「道具を使い、単純な問題を解く能力がある」ことを明らかにしたと書かれていました。
しかし、「問題を解く能力がある」と同時にチンパンジーには他の生物には見られない種の生存と直接関係のない「邪悪な心」「意地悪な心」の芽生えが見られるともあったことが印象に残りました。
(うろ覚えなので表現のニュアンスは違うかも?)

思えば、その誕生までさかのぼれば(137億年?)の地球の、歴史の最後の最後の瞬間に出現しあっという間に80億を超える個体の繁殖に成功した人類という種が、「問題解決能力」の象徴である科学技術を極限まで発展させ、邪悪な心をもって互いにエンドレスの殺戮を繰り広げているその萌芽が、「チンパンジーの問題解決能力」のなかに潜んでいる!、などと感じたりもしました。

つまり、地球最弱の生き物であるがゆえに人類はその生存のため「問題解決能力」と「邪悪な心」をスパイラルに、悪無限的に拡大させてしまった。
結果、21世紀になって出口のない隘路に迷い込んでしまってるのでは?

そんな人間なんだから、「集団的自衛権」は決して殺戮の歯止めにならないのだよ安倍クン!…なんて話を必要以上に敷衍してみたりして。