月別アーカイブ: 2014年4月

富岡製糸場&絹産業遺産群の世界遺産推薦が決定!2つの遠い記憶。

 

何はともあれおめでとうございます。

地元や県をはじめ関係者のご努力が実りつつあることは、慶賀に堪えません。

県内は東京オリンピック誘致が決まった時のような、ウキウキ気分に満ちているようです。

閑話休題 遠い記憶1

昭和31年の生まれで、大学入学まで群馬県にいた小生にとって、養蚕や蚕、繭などは身近なものだった。

母の実家や農家の友達に家には、木造づくり総二階のいちばんいい場所にカイコ様が陣取っていたし、学校行きかえりの道は桑畑の中を縫うように続いていて、よく桑の実(たしかドドメなどと呼ばれていた)を学校帰りにつまみ食いしたものだ。

中学を卒業して入った学校の校歌も、こんな歌い出しで始まっていた。「桑園開けて我が校舎…」

学校は高度成長時代に中堅のエンジニアを供給する国策教育機関だったので、まさに養蚕業などの古い産業を食いつぶして日本を技術立国化していく時代を象徴したような校歌なのだ。

文豪・佐藤春夫によるこの校歌の歌詞は、もともと作られたとき「桑園変じて…」というフレーズだったが、当時の関係者の意見により「桑園開けて…」と変更されたというエピソードが何かに書かれていたことを記憶している。

しかし個人的な好みからいえば「桑園変じて…」のほうが、文語調でどことなく格調高く感じられるし、時代の流れの中で衰退していく古い産業の「無念さ」のようなニュアンスがよく現れていて好きだ。

「桑園開けて…」では、「時代の流れはどうあがいても止めることはできない」というニュートラルな無責任さ、諦念を感じてしまう。

ふたたび閑話休題 遠い記憶2

時代はさらにさかのぼり、どうしようもないいたずら坊主だった小学生のころ。

一人の女の子が夏休みの自由研究でカイコの成長記録を持ってきた。
起きている限りひたすら桑の葉を食べ続け、フンをして大きくなっていくカイコの成長を真面目に記録した自由研究で、カイコ様のフンがセロハン紙でつくった子袋に日別に分けられて観察記録に添付されていた。
とうぜん、担任の先生は、登校日前夜に適当にまとめた小生のいい加減な代物ではなく、このカイコのフン付き記録の自由研究を高く評価した。

件の女の子もいたって真剣に取り組んでいたのだが、どーしようもないいたずら小僧の小生は、「フンなんか学校持ってきて、や~いきたねーぞ!」などとはやし立てて女の子を困らせたものだ(今でいういじめに近い)。

深く反省している。

実はこの子の名前は今でも憶えていて、確かスドウフミコさんといったハズ。
フミコさんはその後若くして病気でお亡くなりになったので、今となっては謝りたくてもそれができない。

女の子の大事な場所にボールをぶつけたことなども…。

いつのまにか遠い目に!!!

銀行手数料についてのアンケート、ご意見拝聴します!

この会社(株式会社フェアマインド)を設立し、ほぼ1年たちました。
3月決算なので今年の3月31日が決算日となり、近々第1期の決算書を作成することになります。

零細企業とはいえ地元の地銀やネット銀行などに、会社の口座を持っています。

会計事務所の見解では、「ネット銀行は残高証明は要らないが、地元の地銀口座は年度末の残高証明が必要」とのことでした。

そこで、別件もあり本日その残高証明なるものを口座開設店にもらいに行きました。

「何事にもがめつい銀行のことだから、残高証明ひとつ出すにも手数料を取るはず。消費税が上がったので108円くらいかな?」程度の認識のもと窓口に申し込むと、なんと648円(600円+消費税)もかかるとのこと。
しかも、社名などをこちらで書きこんだ何枚目かの複写紙に赤い銀行印が押してあるだけの代物。
とうぜん、申込時に書きなぐった会社の住所や社名などの表書きはそのままきたない字のまま。

一言で言って「法外な!」と思いましたが、窓口のオネイさんに文句を言っても始まらないので、648円也を払って証明書をもらってきましたが、これを受け取った瞬間に日本金融資本主義の矛盾について深く思いをはせることになったのです(大げさですが)。

金融の自由化にともなって、株式の売買手数料はずいぶん安くなったようですが、振込などにかかる銀行の手数料は一律に高止まりしている!
企業にとってバカにならない金額が、振込など「銀行に何かをやってもらうたびに」手数料の名のもとに彼らの懐に入っている!

例えば、群馬県内で登記している法人が1万社あるとして全てが件の地銀に口座を持っているとしたら、残高証明書を発行するだけで600万円を超す収入になりますよね!
他行への振込には1件800円以上かかる場合もあるし、手数料だけで彼らはしこたま儲けている!

そこで、今回はこのブログでアンケートを試みてみたいと思いまして…。

あなたは銀行の手数料について、以下のどの意見に近いですか?

皐月賞、阪神メインレース。こりずにオカルト予想

真面目に研究してもあまり意味がない、というのが前回も書いた小生なりの今の競馬観。

午前中を将棋トーナメントで過ごし、午後は東西のメインレースを適当に買う、というのが日曜の流儀なので、今日も皐月賞と阪神メインを予想してみる(肩の力を抜いて入れ込まずに)。

またもや最近愛読しているダンテ「神曲」がここでもよりどころになる。

■皐月賞

馬名から下記2頭をピックアップ。
1番:ワンアンドオンリー 6番:アドマイヤデウス

唯一絶対の創造主(ワンアンドオンリー)、デウス様が下々のものを従え、天地を創造する。
実によくできた話ではないだろうか?
幸い2頭ともに人気はあまりない。
人気どころが3着に来ても結構配当がつくが、少し欲張って気になるところには手広く流してみる。

ワンアンドオンリー⇔アドマイヤデウス⇒イスラ、アデイ、トーセン、スズカ、ベル、ロサ、タガノ、キング、アジア、トゥザの20点を幅広く買ってみる。
スズカ、ベル、タガノ、キングあたりが来ると結構太いぞ!(笑)

■阪神メイン(難波ステークス)

馬名を見て一目で決定。

「畏敬に満ちた」リヴェレンテに、これまた天主様「デウスウルト」の1・2着固定で、人気どころ(ミルドリーム、ローレスブレッド)と人気薄の4歳牝馬(カノン、マコトブリジャール)へ。
直感的にはカノンがくさい。
下手な考え休みに似たりなので、これ以上はスケベ心を抱かないようにする。
8点で決定。

はてさて…。

桜花賞のオカルト予想、ダンテ「神曲」から。

競馬(馬券)をやり始めてから何年になるだろう。

独身で都内勤めのころは原木中山に住み、結婚後は東府中に住んでいたことがある。
そのせいか(というよりもともとそれが目的で移り住んだのだが)、日曜になるとよく競馬場に出かけ馬券を楽しんでいた。
長女や次女がよちよち歩きの時は、替えおむつを入れたリュックを背負った2人を連れて、散歩がてら府中によく行ったものだ。
子供たちは府中の内馬場で遊びまわり、道楽オヤジはビールを飲みながら馬券を買うのだが、競馬場で必ず娘たちはウンチをする。そんなとき、おむつを替えながら「またこれで運が落ちる」などと、馬券が当たらない理由にしていたりして…。

その頃は本気で予想をしていた。

月曜から金曜までは午前中にスポーツ新聞を読み、夕方には東スポか夕刊フジで調教状態を確認。出走枠が確定する金曜日と土曜の夜には「競馬エイト」などの専門誌をじっくり検討し赤線を引く。そして最終的には、パドックで馬の気配を読み最終的な結論を得て勇躍窓口に並ぶ。
事前の予想をパドックでの直感とやらで変更し、小躍りしたことも悔やんだこともある。

そのころ感じていたことは、①競馬をやるオヤジはみな「微笑ましい競馬オタク」だということと、②直感は過たない、間違うのは判断である、という2つのことだ。

馬券売り場に行くと、精魂込めて作成した自家製の競馬ノートを真剣に再検討している人や、得体のしれない予想メモのようなものを見つめている人、携帯予想マシンらしきものにデータを打ち込んでいる人など、たくさんの「競馬オタク」がいた。おそらくじぶんもその一人だったのだろう。
この情熱を仕事にかければ、おそらくみな今よりましな暮らしや社会的ステータスを築いたに違いないのに。
しかし多くのオヤジ達は、そうはせずにみな競馬に没頭していた。
セレブとかステータスなどはどこ吹く風、といったところだ。
実に微笑ましいことではないか。まさに「たかが競馬、されど競馬」なのだ。

「直感は過たない」ということは、五味康介さんが言っていたことだと記憶しているが(?)、何度も経験したうえでたどり着いた自分なりの競馬観である。
考え抜いた末にひねり出した結論がうまくいったことはほとんどない。
出馬表や馬の名前を見た瞬間、あるいは向こうから突然飛び込んできて頭の中から離れない数字や意味のないフレーズなど、それを記憶しておくとうまくいくことが多い。
そんな時は、レースのスタート前から「ワクワク感」が体の中に充満しているものだ。
ただ一つ言えることは、本気でやっていた何年間は、その「ワクワク感」を感じる頻度が馬券を適当に楽しんでいる今より多かったということだ。

今では自宅のパソコンで小遣い程度のお金を日曜のメインレースに適当に掛けるという、不真面目な競馬ファンになったのだが、G1クラシックレースとなるとそうもいかない。

というわけで、前置きが長くなったが明日の「桜花賞」の予想。

ハーブスター1強と巷間言われているが、これに逆らう理由は思いつかない。
したがって1着固定の3連単ということになるが、2着以下は何が来てもおかしくないのが気まぐれな3歳少女たちの通例。
予想紙や評論家などの言い分はそれぞれの見解(=判断)にすぎないのだから、自分の「直感」が下りてくるのを心静かに待つ。

しかし、待っているときには「直感」は来ないもので、「直感」をひねり出そうとしている自己矛盾に陥る。

話変わるが、最近、ダンテの「神曲」を読み始めた。
言わずと知れた古典だが西欧世界の文化やキリスト教になじみのないものにとって、この歴史的な名作を深く理解することは難しい、というよりほとんど無理に近い。
しばらく読み続けているといつの間にか意味を取らずに行間だけを目で追ってしまうことになるが、文学作品と割り切って読めば楽しめる。

よって、この「神曲」からの連想で「桜花賞」の買い目を決める。理由は特にない。

三浦逸雄さん訳の「天国編」によると、「四つの圏(地平線・黄道・赤道・二分径圏)が出会って、三つの十字」から太陽が立ち登る「天地創造のとき」とは「4月13日」にあたると書いてある、しかも13ページに。
これでまず「13番アドマイヤビジン」をピックアップ。

次に、ダンテの母国から馬名がイタリア語の馬をピックアップ。「4番ペイシャフェリス」「10番ヌーヴォレコルト」「17番ベルカント」の3頭。

さらにダンテ⇒シュタルケの語感から「2番ニシノミチシルベ」と、ダンテといえば与謝野鉄幹(人を恋うる歌)、鉄幹といえば晶子の連想から「15番ホウライアキコ」も追加。「ミチシルベ」は何となくモーゼを連想させるし。

人気でハーブスターに続く「12番レッドリヴェール」「9番フォーエバーモア」は思い切って軽視。

したがって、「18番ハーブスター」の1着固定で、「2番ニシノミチシルベ」「4番ペイシャフェリス」「10番ヌーヴォレコルト」「13番アドマイヤビジン」「15番ホウライアキコ」「17番ベルカント」の6頭をボックスで買ってみる。

ハーブ以外はみな人気薄なので少し楽しみ。しかし、これは「ワクワク感」なのか?