月別アーカイブ: 2011年3月

原発の本質は幾重にも重なる「胡散臭さ」

原子炉、圧力容器、格納容器、復水器、タービン建屋、トレンチ…。

私たちはこの半月で、普段聞きなれないさまざまな言葉に大きな関心を寄せることになった。
言うまでもなく、大震災で明らかになった原発がはらむ大きな問題がきっかけである。

技術的なことはわからないが、原子力発電は

「どこかおかしい」「胡散臭い」

というのが素朴な実感である。

まず第一に、構造が複雑でそれぞれ巨大すぎる。
なぜ炉の周りに二重三重の容器が必要で、周辺にはプールやトレンチなるものが必要なのか。
「復水器」なんて言葉は、パソコンもまともに変換してくれない。
複雑怪奇なあちらこちらの場所で、連日のように新たな問題が発生してくる。
複雑なものは震災がなくてもいつかは故障し壊れるのが必然。
壊れてしまった巨大なものは、暴走し手におえなくなることも必然。
エネルギー国策の元、こうした「胡散臭さ」にまずフタがかけられている。

第二に、原発を運転するのに大きな電力を必要とすること。
電力を失った巨大発電装置が、人の手に負えなくなることの「胡散臭さ」。

そしてもっとも「胡散臭い」のは、そうした巨大装置の中で燃やされ有用な動力だけを取り出せるとされているウラン燃料そのものの「胡散臭さ」。
プルトニウムなんてものは、人が手にしてはいけない元素としか思えない。

このように、幾重にも重なる「胡散臭いもの」に国策というフタをかけ推進してきたのが原発政策で、その推進主体もこれまた実に「胡散臭い」電力会社であるのだ。

KAZUダンス!

トゥーリオがおとしたボールにKAZUが走りこんでGPをかわし巧みなゴール。
久しぶりに見たKAZUダンス。
KAZU!、KAZU!、KAZU!と、つい近所迷惑な大声を出してしまった。
サッカーのチャリティマッチは、大きな感動を与えてくれた。

頑張ろう東北、負けるな仙台!

負けるな日本!

被災地の人に逆に励まされてしまう。

そのときから半月たち、被害の全貌が少しずつあきらかになる大震災。
命を落とされた方は、最終的には3万人に登ると推測されている。
まさに、未曾有の大災害だが、今なおたくさんの方々が不自由な避難生活を強いられていることに心が痛んで仕方ない。

厳しい状況を知らせる報道の中で、同時にたくさんの「いい話」も報じられている。

命を顧みず最後まで半鐘を鳴らし続けついに波に消えていった消防団員の話、力をあわせて再起を誓う住民と首長の力強いリーダーシップ、不眠不休の医師・看護士・介護士さんたちの献身的な奮闘、再起を支援する自衛隊、ボランティア、全国から寄せられる善意の声…。

こちらまで勇気付けられるような「いい話」がたくさん聞こえてくる。
そんな話に触れると、改めて「日本人はすごい!」と思うのだ。

右翼や「美しい国・日本」などの背後に思惑のある日本賛辞ではなく、この国に土着した善良な日本人の素朴なすばらしさは、なくなっていたわけではなかった。
大げさに言えば、近代合理主義や経済成長優先主義によって世知辛い世の中になってしまった競争(狂騒)社会に、「日本の原点はここにあるよ」と改めて教えてくれるようなエピソードなのだ。
こうした「いい話」は後世や世界に必ず伝えてほしい。
何せ、励まされる震災者の側から逆に力をもらっているのだから。

返す刀で言うわけではないが、政治や電力を供給する一流企業の世界で偉くなった人たちは、こうした素朴な日本人の原点的な美徳から最も遠い感覚で行動している、などとつい思ってもしまうのだ。

大震災から2週間。少し日本のことを考えてみる。

大震災から2週間経った。短いような長いような2週間だった。

福島原発事故とそれに起因する広域放射能汚染はますます深刻化し、東京電力の無計画停電は迷走を続けている。

復旧から復興へと力強く前を向いて歩み始めた震災地の人の姿も、少しずつ報じられるようになった。
そんな姿を見ていると、「日本人は強い」というのが率直な実感だ。
広島、長崎での人類唯一の悲劇を克服し、今また毅然としてゼロからの復興に挑戦しようとしている。
未曾有の大震災に際しても整然と団結している多くの日本人は、世界からも賞賛を受けている。
一方で、これ幸いと震災詐欺や火事場泥棒に走っているばか者や風評に踊り水・食料の買占めに走る人が多数いることも確か。

なんとなく、これからのことを考えようかなと思い、BookOffに行って本を集めてきた。

「人間」「日本」「日本人」というタイトルの本を片っ端から手に取り、結局買ったのは5点。

 ・司馬遼太郎 「人間というもの」

 ・内田樹 「日本辺境論」

 ・宮台真司 「日本の難点」

 ・加島祥造 「タオ」

それと秘密の1冊(別に秘密にすることもないのですが、死後世界探訪系の本です)。

こんなとき司馬遼センセが生きていたら何と言うだろうと思いまず1冊、売れっ子哲学者・内田さんの日本論とサブカル系頭脳明晰社会学者・宮台の日本論、そしてなぜか加島祥造を久しぶりに読みたくなった。

タオはこれからの日本、原発問題などを考えていくときひとつの論点になると思う。

というのは、原発は安全性問題やエネルギー経済論で考えるべきテーマではなく、これからの日本人の生き方の問題として考えるべきだと思うからだ。

どんなに科学が発達しても、人間は結局「原子の火」をコントロールできない、コントロールできないものには近づくべきではないし、手にするべきでもない、という素朴な信念こそ、日本復興にとって必要なスタンスではないかと思うからだ。

生きていく以上に必要なものを欲しがってはいけない。
その素朴なタオの教えには、破滅に一歩一歩近づく人類への貴重な警告があるように思う。

そんなことを考えながら家に帰りTVを見ていると、やはりこの時期あるだろうと思っていた「朝まで生テレビ」をやっていた。
しかし、参加者の顔ぶれを確認すると見る気にもなれないメンツ。
相変わらずエネルギー経済、生産性回復のために、という同じ土壌での不毛な議論が延々と繰り広げられていた。
(片山○○き、勝間○代なんて人、自分の周りにいて欲しくない女性の代表だ!←蛇足、本人およびファンがいればすみません)

人間は、日本はこれからどこに行くのだろうか?

警察と自衛隊、税務署の事など。

福島原発に対し、警察と自衛隊による懸命の作業が始まった。

東電に期待できない以上、当たり前の措置だろう。
もう少し早くても、と思うのだが今は成功を祈ろう。

昨日の作戦、自衛隊は空と地上から果敢に作戦を展開した。
ところが警察は、夕方4時前に配備についてから作戦開始まで3時間ほどかかったうえ、放水が目標に届かないという結果に終わった。
被爆を省みず現場で必死に頑張る警察官たちを揶揄するつもりはまったくない。

しかし、自衛隊の記者会見を見て、「この人たちの腹のくくり方は、警察とは一段違う」とふと思った。
しっかりと前を見据える視線や堂々とした話し方、知らないことは知らない専門家に聞け、と質問する記者を一括する毅然とした姿勢に、かわるがわる何人も登場し平身低頭ながらどこかで「嵐が過ぎるのじっとを待っている」感じの東電社員とはまったく違うと思った。
幕僚長が火箱さんというのも、なんとなく頼もしい。

警察は記者会見したのか知らない。

ここで警察と自衛隊という組織を少し考えてみる。
どちらも実力組織(仙石さんのいう暴力装置)だが、自衛隊は防衛大学校というエリートコースはあるが、基本的には現場からたたき上げた幹部が仕切っている組織。
一方の警察は、有名大学から入所した一握りのエリートが牛耳っている組織。
エリートたちは入所数年で地方の署長となり、現場のベテラン警察官たちをあごで使うような立場になるという。
キャリア組みとノンキャリアの間に、はっきりと差別が存在する、要するに税務署とおなじ組織なのだ。

税務署も警察も、エリートたちの判断基準は、自分の立場をリスク管理すること。
仮に隊員たちにもしものことがあったら自分の判断を疑われる、という気持ちが「目標に到達できなくても撤退」という指示につながったのではないか、と思ってしまう。

税務・警察署長は「俺の責任になるのはいやだから危険なことは辞めとけよ」と言い、現場の税務・警察署員は「とりあえず、責任は取らずに手柄だけを自分のものにする若造の言うとおりにしとこう」、といったところではないかと思ってしまうのだ。

FileMakerとFileMaker Go、冨士ゼロのnetprintで。

FileMaker Goからnetprint経由でコンビニ印刷

FileMakerで作ったデータベース、たとえば見積・請求の販売管理システムをiPhoneに入れて持ち歩く。

出先でiPhoneのFileMaker Goを使って見積書を表示し、PDFに保存して顧客へメール送信。
あるいは、請求書をnetprintを使ってコンビニエンスストアで印刷し捺印、そのまま顧客へ届けてくる。

事務所に帰ってきたらFileMakerのデータを同期し、売掛データを会計ソフトにインポート。

Googleカレンダーのスケジュールは自動的にiPhoneが同期してくれるし、交換した顧客の名刺はスキャンしてすぐDBに格納。
それをiPhoneやiPadに入れて持ち歩けば、どこからでもすぐ相手に連絡が取れる。

便利な世の中になったものだ!

FileMakerというデータベースソフトと付き合い始めてから、なんだかんだんで20年くらいになる。

編集系プロダクションでDTPアプリとともに基幹システムを形成していたのがFileMakerだった。
当時はリレーション機能もチープで、Mac版しかなかったので不安定な漢字talk(当時のMacOS)の上でけなげに動いていたものだ。
リレーションを使って別テーブルにアクセスすると、最小化されていたウィンドウが次々と立ち上がり、紙芝居のような人間的で微笑ましい動作をしていた。
システムに明るい社員のいる低予算の中小企業が、表計算ソフトの次に着手するようなシステム環境だった。
FileMakerのバージョンも3とか4とか、そんな時代だった。

このFileMakerがver7から劇的に変貌を遂げ、定評のある柔軟性はそのままに今またスマートフォンと一体化した!

これなら事務所もいらないし、必要なのはパソコンとスマートフォン、通信環境だけ。
ただの零細企業ではなく、スマートなSOHOが実現する環境が、ようやく現実のものとなった。

…とまあ、無計画停電で手持ち無沙汰な時間を使って、つらつらと来し方行く末に思いをはせてみるのでした。

9:40高崎が無計画停電に突入!

第5グループの高崎。小生の住む北部地域がはじめて無計画停電に突入。

家のTVや冷蔵庫の音など、いつもは当たり前に耳に入ってくる音が消えた。
風の音がいつもより大きく響き、木造家屋のあちこちがきしむ音など普段は聞こえない音が耳に入ってくる。
ひっそりとして、何だか少し不気味な感じ。
人の話し声さえいつもより大きく聞こえてくる。

うろ覚えだが、「風の谷のナウシカ」の台詞、

水と風は100年かけて森を育てるが、
火は一瞬のうちに森を焼き尽くしてしまう。

がふと頭に浮かんでくる。

火はさしずめ原子力なのだろう。
福島の原発が気になる。

東電さん、無計画停電は我慢するから、早く原発を何とかしてくれ!

計画停電はもう少し…。

朝から栃木の岩舟に仕事で出向き、今高崎に帰りました。

高速&50号で普通なら2時間弱の道程ですが、余裕を見て13時のアポイントに8時半高崎を出発。
北関東自動車道で太田までは順調でしたが、案の定、高速を降り50号に入るとすぐにノロノロ状態に。
事故でも自然渋滞でもなく、ガソリンを求める車が2車線の半分をふさいでいることによる渋滞でした。
太田・岩舟の間に、4箇所ほどこのSS渋滞が発生していました。

かつてオイルショックの時にも、トイレットペーパーの買占め騒ぎが発生しました。
風評に踊らされ、不要不急のものでなくてもつい殺到してしまう日本人の性格は、今でもほとんど変わっていないようです。
またそれを狙って、「放射能には赤チンが効く」などという馬鹿な話をチェンメするようなヤツもいたりして。
自戒したいものです。

打合せは順調に終わり、帰りはずっと50号を使いましたが、やはりSS渋滞が何箇所かあり桐生に入ると今度は計画停電に遭遇。
桐生・みどり市・伊勢崎・前橋と無信号状態が20KMほど続き、結構運転にも気をつかい疲れました。

計画停電なるものはもともと「無計画」に行き当たりばったりやられるようです。
「需給のバランスをタイムリーに判断して…」とかいう東電の広報担当の話は、「やるかやらないかは行き当たりばったりで決めます。とうぜん前もって告知もできません」と聞こえて仕方ありません。

被災地のことを考えると少しは我慢しなくてはと思うのですが、これが何週間も続くとなると先が思いやられます。

優秀な人たち!年金第三号問題に思う。

官僚っていったい何だろう?
ここのところの年金第三号問題を聞いていて、ふとそう思ってしまった。

もともと日本の年金は複雑極まりない制度で、いくらお金を納めれば、あるいは何年間収めれば何歳からいくらもらえるのか?、自分の年金についてすぐスラスラ応えられる国民はそう多くはいないだろう。
厚生年金だ、国民年金だ、公務員共済年金だ、またまたその中も何号だとかに別れているらしく、凡庸な頭脳では整然と理解することもできない。

会社が半分負担してくれるから国民年金より厚生年金がいい、公務員はずる賢いから厚生より公務員共済のほうがもともと有利な仕組みになっている、その程度の印象しかない。

東大法学部という「憧れ(笑)」の組織があり、ここの卒業生は事務系のトップエリートとして役所や民間企業に就職し、日本国民の平均的な暮らしよりずいぶんとましな生涯を送っているはず。
二流官庁とはいえ、厚生労働省や今はなき社会保険庁にも、その東大法学部出身者がたくさんいるはずだ。

つまり、消えた年金問題に象徴されるような国家的詐欺行為や今回のドタバタ騒動の原因を作っているのは、この東大法学部を頂点とする「頭のいい」連中なのだ。
明治維新以来150年近く、この優秀な人たちは公僕として力を発揮し戦争による挫折をはさみながらも日本を一流国に育て上げてきた。
その功績は大いにたたえられてしかるべきものだ。何せ、日本は歴史的にも成功した唯一の国家社会主義なのだから。

優秀な官僚たちは、その時代時代にいろいろな企画を立案する。
「国家国民のため」を建前にして、複雑怪奇な仕組みを考案してくれる。ありがたいことだ。
複雑怪奇な仕組みは、法律という常人では理解しがたい名文章で形になる。
よくわからないから、国民もそれに興味を失ってしまう。
まさに官僚の思う壺ではないか!

「国民の皆さんいかがですか?こんな難しいことはわからないでしょう?」という優秀な官僚の上品な笑みが思い浮かぶ。
「私たちの優秀な頭脳が考えたこの複雑な仕組み。だからこの資格認定制度が必要で、それを管理するためにこの財団が必要なのです。とうぜんこの仕組みを一番理解している自分は、退職後この財団に天下りして甘い汁をすすります。当たり前でしょう、どこが悪いのですか?」といったところなのだろう。

政治主導といっても、ずる賢さでは足元にも及ばない政治家たちは、官僚を敵に回しては国会審議もままならないので、顔では威張っていても実際は官僚たちに頼りきっている。
マスコミは、TVを使って沢尻エリカや成田屋事件とおなじレベルで愚民化政策の片棒をかつぐ。

少し整理すると…

優秀な官僚⇒複雑な制度や規制⇒制度運用の外郭団体⇒外郭団体との癒着・天下り⇒無能な政治主導とマスコミ⇒騙される不幸な国民

結果、社会の諸問題はすべて後送りにされ、ライフサイクルと同じに日本は不可避的に死を迎えることになる。

こんな状況、民主党ごときに何とかできるわけはないし、そもそも自民党は原因を作った(ずる賢い官僚をほったらかしにしてきた)張本人ではないか!

あ~あ、また統一地方選の喧騒が思いやられる。

iPhoneの液晶保護フィルムっていったい…!?

せっかく買ったものは大切にしたいもの。それはどんな商品にも言える。

iPhoneという全世界でン千万台売れたという大ヒット商品。
確かに実際に手にしてみると、その理由はよくわかる。
しかし、指先で直接液晶画面を操作するデバイスなので、表面に付いた指紋や汚れがとても気になることは確か。

そこで液晶保護フィルムなる便乗商品が登場するわけだが…。

小生、過去何回かこの保護フィルムの装着を試みるも、一度もうまくいったためしがない。
iPhoneデフォルトのHOME画面のようにフィルムと液晶の間に小さい気泡が入ってしまったり、位置あわせが意外と難しく途中まで空気が入らずうまくいっても最後のフィニッシュで失敗したり…、挙句の果ては接着面のノリをシリコンオフで落とし、接着させずに単に画面に乗せておき、左右をセロテープで固定するなど、いろいろ試してみたが一度もうまくいかない。
そのうちに保護フィルム自体が汚れてきて、こんな汚いもの付けたくない!、となってしまう。
何枚フィルムを無駄にしたことか(笑)!

液晶画面は交換できない消耗品と諦める

仕方がないので皮製の折りたたみケースに入れ本体は保護しているが、液晶画面はそのままにしてある。
汚れたらこまめに拭いてやり、指紋といっても他人のではなく自分のなのだから、と諦めるしかないのだろうか?
もともとメーカー(Apple)が保護された状態で出荷しろって!

それにしても、この液晶保護フィルムを手際よく装着できる人は尊敬に値するかも。
あるいは、そんなバイトがすでにあったりして?