月別アーカイブ: 2009年7月

仕事で茨城県の笠間市に…

20090723-120090723-2…行って来ました。

高崎から下道でざっと4時間と見ていましたが、大体その通りでした。つまり今日一日で8時間も車を運転したことになります。
休み休みノンビリ往復したのですが、朝7時半に家を出て帰ってきたのが9時半を過ぎていました。
足や首が重だるく、「これってエコノミー症候群?」というような感じです。

仕事は病院ドクターの依頼によるFileMaker開発です。
特に難しい内容ではなさそうですが、完成まで時間がありません。
循環器系の診断データの集計、解析DB開発なので、ドクターから簡単に説明を受けたあと、心臓の模型や動画映像でじっくり人間の心臓の動きを見せてもらいました。
血管がつまり血が滞った状態、患部に施術を施し血流が回復した状態などを生々しい映像で見せられ、つい自分の左胸を手で押えてしまいました。

病院にいたのは2時間ほどで、帰りに「笠間芸術の森公園」と前から少し気になっていた「出雲大社」によって帰ってきました。
芸術の森公園は陶芸品の美術館でした。記念にぐい飲みでも買おうかと思いましたが、値段が一桁違うのでグッと我慢し一通り眺めるだけで済ませました。
次に「笠間稲荷」に行くつもりだったのですが、道案内の表示があまりにも不親切なので取りやめ、50号線に出てしばらく小山方面に走ったところにある「出雲大社」によってみました。

「出雲大社…???、なんでこんなところに?」と前々から少し気になっていた場所ですが、何のことはない島根の出雲大社の分社で、西日本には珍しくないそうです。分社は関東各県にもあり、神奈川と茨城の分社が大きく有名とのことでした。

国道50号から少し小高い里山に入ると、すぐ大きな社殿が現れます。
本殿中央には巨大な注連縄があり、薄緑色のはかまをはいた係りの人?(神主さんの弟子のような人、いわゆる書生みたいな若い人)が何人かいます。そのうちの一人が気さくな人で、「この注連縄は10年に一度新しくする」とか「狛犬は片方が口を開き「阿(あ)」といい、片方は口を閉じ「吽(うん)」といっている、これは初めと終わりを意味している」などの薀蓄をしばらく話してくれました。
「キリスト教の「アーメン」やヒンドゥの「オーム」も「阿吽」と発音が似ているが、してみると宗教というものは全て同根?」などと聞いてみようかと思いましたが、質問(挑発?)すると長引きそうなのでやめました。

帰り道、佐野あたりを通る頃には夜になり空腹が我慢できなくなったので「栄華」という青竹打ちのラーメン屋へ。餃子も青ネギトッピングのラーメンもまずますの味でした。

いつも感じるのですが、最初に食券を買うお店は席を立ち店を出て行くタイミングが難しい。
やっぱり後払いで、お金を払って元気な声で「ありがとうございました!」と送り出してほしいと思うのは小生だけでしょうか?

高崎問屋町で日食を見ていたのですが…

残念ながら特に感動はありませんでした。

太陽が隠れ夜のように暗くなるのを期待していたのですが、今日は元々どんよりとした天候でほとんど変化は感じられませんでした。

直接見続けると目に良くないとのことでしたが、太陽が掛けて三日月のように見える様子を見届けてやろうと、一心に眺めていました。
結局何となく欠けているようないない様な、良く分からないまま自分の中の日食騒動は終わりました。

近くのビルから暇そうなオジサン数人とOL風が数人出てきて、キャーキャーいいながら空を眺めていた様子がウザイ感じでした。

いつもの携帯写真ではなく、今日はデジカメを用意していたのですが、撮影した写真はただのどんよりとした曇り空になってしまいました。

夜は週一のヨガ教室に行き、心地良い疲れと晩酌で眠くなり、いつもと同じように夜は更けていくのでした。

明日は朝から筑波へ行く予定、笠間稲荷にでも寄ってみようか!

仕事で南牧に行ったついでに、不通(とおらず)渓谷に…

20090721-120090721-2朝から仕事で南牧村に行きました。

まあまあ順調に仕事を終え(顧客評価が良くても仕事が取れる保証はないが!)、帰り道に前々から少し気になっていた「不通渓谷(とおらずけいこく)」に寄ってみました。

不通渓谷は、下仁田ネギで有名な馬山(まやま)の鏑川沿いにありましたが、観光地とはいえないような一角でした。

その名の通り川には下りられそうにない断崖絶壁にオレンジ色のアーチ橋がかかり、すぐ上流に遊歩道に続く橋があるので、一応歩いてわたってみました。
遊歩道はほとんど歩く人もいない様子で、雑草は伸び放題でところどころでくもの巣が顔にかかる始末。
遊歩道が終わるところに1軒の民家が以前マス料理屋をやっていたらしいのですが、今は廃業している様子で、留守番らしきのワンちゃんに激しく吼えられてしまいました。

結局どう頑張っても滞在時間10分がやっとのところで、早々に引き上げましたが、帰りは西上州方面での昼食の個人的な定番「利休」でうどんを食べてきました。

このうどん屋さん、注文が立て込むとてんてこ舞いになってしまうオペレーションの悪さや、すぐ天ぷらがなくなってしまうなどの嫌いはありますが、味はしっかりとした「正しい手打ちうどん」の味です。

有名観光地というだけで、高くばかりでいつもがっかりさせられるうどん屋さんとくらべ、コストパフォーマンスはGOODですね!

歳のせいでしょうけど、物忘れが最近…

…ひどくなったような気がしてなりません。
昨日、研修の帰りに太田から高崎に戻る車の中で、
「阪神のベテランサウスポー」の名前がどうしても思い出せません。
ひげ面で威力のない球を投げるけど、なかなか連打を浴びないあのオジサン…。
確か「何とかヤナギ」のはずだからと、頭の2文字を思い出そうとするのですが思い出せません。
挙句の果ては、「ア」「イ」と文字の組合せをいろいろ考えながら、ようやく「シモ+ヤナギ」、
「あっそうか下柳だった」と思い出す始末。
これば少しヤバイと思い、帰りがけに高田明和さんという人の「ボケない脳の作り方」なる本をBOOK OFFで買い、今日早速読んでみました。
今日の午前中の2時間ほどで読み終わりましたが、実につまらない本でした。
これなら、売れっ子過ぎるのが気に入らないけど、やっぱり茂木健一郎にするんだったなと思いました。

それにしても暑い一日だった!

今年の夏は半端じゃない!、かも。

2日間、太田でPC研修講師!

20090714
昨日、今日と2日間にわたり太田でパソコン研修の講師をやりました。
生徒さんは、平均年齢が小生より25歳ほど= 若い =方ばかり20人、大半が女性でした。
普段若い女性と話しをする機会が少ないので、少しばかり= 若返った =ような気分になりました。
生徒の皆さん、ありがとうございました。
またどこかでお会いできることを、楽しみにしてます。
皆さんのブログにも、時たま訪問しますので、頑張って続けてください。

般若心経、はじめて写経にチャレンジ!

20090711

最近、搬入心経に関する本を立て続けに3冊読んだ。
その中で「写経」に興味を持ったので、早速チャレンジ!
写経は何年か前から中高年の間で流行っていて、関心はあったのだが実際に筆(筆ペン!)をもって半紙に向かうのははじめて。

百均で買い込んだ写経セットと筆ペンを使い、少しばかり机の上をきれいにして、一応手と顔を洗って…。

毛筆を使うのは何年ぶりになるのだろう?
冠婚葬祭の署名も、常にサインペンで簡単に済ませてきた。

さすがに最初の1行書くのにけっこうな時間が掛かり、しばらくすると手が硬直したように疲れてきてしまう。
2~3行書いてはタバコに火をつけ一休みしながら、何とか1枚書き終わるまで2時間は掛かってしまった。
はじめは興味津々に見ていた娘もすぐ飽きてしまい、後は自分だけの時間となる。
般若心経の意味を確認しながら、どうにかこうにか1枚目を書き上げる。

確かにしばらく集中していると頭の中が空っぽになったような気分になり、「なるほどこれが無念無想の境地なのか」とすぐ悟ったような気持ちになる。
半紙にお手本が薄く書いてあるので、全体を眺めると「われながら結構うまいじゃん!」といったところだが、一字一字を良く見てみると結構拙いものがある。

そんなわけで、次の日もまた半紙に向かう。
今度は少し手早く書けたような気がする。全体のバランスもいい。

自己満足しながら、「やっぱり筆ペンじゃ…」とか「手本をなぞるのはできたから、次は少し字を崩して個性を出してみよう。序破急の破だ!」など、勝手に次のことを楽天的に思う自分なのでした。

七夕の夜、伊香保、榛東~箕郷。

今日は七夕。

普段、夜空を見上げて天空のロマンに思いをはせるような風雅な習慣はないが、今日ばかりは少し夜空が気になってしまう。
Radioによると東京赤坂あたりは満月がことのほか大きく見えるとのことだが、こちらは曇り模様で星のひとつも見えない。もちろん月の影もない。
夜7時頃、伊香保での仕事を終え、榛東、箕郷を通り下界へ戻ってきた。
榛名中腹のこのあたりは晴れていれば夜景がきれいに見えるはずだが、今日は厚い雲が立ち込めていでそれもダメ。

結局、ベガでもアルタイルでもなく、一杯のビールと焼酎で年に一度の七夕の夜はいつものように更けていくのでした。

ヨガ教室、その後。

高崎郊外で地味にやっているヨガ教室に通いはじめて約半年が過ぎた。

元々は、青山圭秀さんのインド体験本に触発され、頭から入ったヨガだった。
つまり、純粋な体調管理と言うより、むしろ宇宙との一体感、神秘体験、あわよくば超能力の開発なぞに少しばかりの下心があってはじめたのだが。

しかし、人生半世紀を過ぎると、体のあちこちにほころびや解れなどがあって、肉体的にも何らかのオーバーホールが必要な時期だったのかもしれない。

毎週1回2時間の教室にかかさず通い、出席率だけを見ると優等生である。
昨夜も雨の中せっせと榛名の中腹まで車を走らせるのでした。

おかげで月曜日は夜の10時頃に帰り、簡単な晩酌をすませると朝まで夢も見ずぐっすり眠れるようになりました。
体も少し柔らかくなり、風邪などもまったく引かなくなりました。
喫煙、深酒、目を酷使するなどの生活習慣は相変わらずですが、特に気になるところも今はありません。

昨夜は、「血(気)の流れが滞っている場所が病気のもと」とのことで、流れが滞りやすい背中をやわらかくするエクササイズを行いました。

日常生活の中で背中に注意を向けることはほとんどありません。
寝るときに気にするくらいですが、ストレスその他でここの流れに滞りがあると、肩こり、腰痛の原因になるとのことで、特に肩甲骨の間を縮めたり伸ばしたりする運動をやりました。

本当は教室だけでなく自宅でも復習をやるといいのでしょうが、一人になるとなかなかその気になりません。
心身ともに宇宙との一体感を感じられるのは、一体いつのことになるのでしょうか

天外伺朗(てんげしろう)…???面白かった!

古くはワークステーションの「NEWS」、比較的最近ではロボットの「AIBO」など、ソニーと言う会社が時々面白い(開発者の健康な遊び心を感じる)商品を出すことは知っていた。
また、そんなソニーが最近経営的には不調で、「行き過ぎたアメリカ流の成果主義」への批判があることも、おぼろげながら知っていた。

しかし、こうした商品の開発者であり、成果主義の批判者でもある土井利忠という人が、天外伺朗というペンネームでニューサイエンス~オカルト系の著作を出していることなど、全く知らなかった。

休日にフラリ立ち寄ったBookOffで、書名に魅かれ天外伺朗著「ここまで来た『あの世』の科学」を買った。
祥伝社のNON BOOKということもあり(失礼!)、「そのうちよっぽど暇なときに読むのにちょうどいいや!」程度の軽い気持ちだったのだが…。

まえがきのさらに前に、井深大ソニー元会長と船井総研会長の推薦文がある。
井深氏はともかく船井幸雄の推薦文を「さもありなん」と思い、心の眉毛につばをたくさんつけて読み始めたのだが…。

どうしてどうして、興味半分にオカルト本をたまに読む程度のいいかげんな認識を、根元から覆してくれる説得力のある一冊だった。

凡人は普通「あの世」を死後の世界ととらえ、三途の川だとか心地いいまばゆい光の世界だとかでイメージしている。また、子供の頃から刷り込まれてきた、悪いことしたら行くのが地獄、灼熱、血の海、閻魔様などを思い浮かべる。

天外さんの「あの世」は、超ひも理論とかいう最先端の物理学でも実証(言葉が違うかもしれない?「高い確率で論証済み」が正しい?)世界なのだという。
10の33乗分の1という微小な世界(プランク・スケールというそうだ)まで解析が進む現代の物理学では、究極的には時間も空間も存在しない仏教で言うところの「空」の場が想定されているとのこと。
また、そうした現代物理学の権威たちがそれぞれの持論を突き止めていくと、インドの哲学や気の世界、タオ自然思想、仏教などの東洋の思想に傾倒していくことなどが平易に語られる。

ここで論をやめれば、ただの現代物理学の解説書なのだろうが、天外さんは大胆にその先の仮説を提示してくれる。

「空」の場、つまり「あの世」には「この世」の全て(物質から精神、時間まで全て)がたたみ込まれていて、その正体は心理学者ユングのいう「集合的無意識」が形成する壮大なネットワークのようなものだという仮説。
そして、そんな「あの世」と有効に対話する方法のひとつに瞑想がある、など。

理屈はよく分からないが、「集合的無意識の壮大なネットワーク」には思わず首肯させられ、好奇心を強く刺激されました。
何となく小生も、死後の世界は「この世」で果たせなかった人間のさまざまな思い、想念が一杯詰まったところとイメージしてきたのでした。

そんなわけで、これまで読んだどの哲学書、宗教書よりまっとうな説得力を感じたわけですが、早速図書館に行きSF作家・瀬名秀明氏との対談本を一気に読んでしまい、夜家に帰ってすぐ次の本をネットで注文したのでした。

しばらくはまりそうな予感がします。