月別アーカイブ: 2009年2月

仕事で太田の新田町に…

…行って来ました。

商工会を訪ね経営指導員さんとしばし雑談。

毎年5月8日には新田義貞の挙兵を祈念して「鏑矢祭」というのがあるとか、徳川発祥の地とされる世良田
の東照宮のこととか、埋蔵金を運んだとされる例幣士街道のこととか、しばし太田や新田町のことで話は盛り上がりました。

今は富士重工、三洋電機を頂点とする地元製造業が極端な不景気で、繁華街の太田駅南口もそれほど活気は無いようですが、10年ほど前の夕方に知人を迎えにはじめて南口に行ったとき、そのエネルギッシュないかがわしさ、猥雑さに驚いたものです。

夏の夕方だったので、10代とおぼしきかわいい娘さんが駅で誰かを待っていました。
そこに現れたのは、南米系の出身者と思われる外国人のグループ、おそらく地元製造業の現場で働いている人たちでしょう。
グループは人待ち風の女の子をラテン系ののりでナンパしようとしています。
「誘惑に負けるな!大和なでしこよ!」とそんな風景を何気なく眺めていると、最初のグループがナンパに失敗すると、次から次へと別の外国人グループが現れ彼女に声をかけていきます。

「ここは日本じゃないかも!」と驚いたのと同時に、景気が良く街中に得体の知れない猥雑なエネルギーが満ち溢れているのを感じたものです。

前橋や高崎は、どこかお高くとまっているところがあって、好景気でも繁華街は死んだような状態にあったときなので、「太田恐るべし」と感じたのかもしれません。

製造業が復活して、太田に猥雑さが戻るのはいつのことになるのでしょうか?

離婚多発の原因を考える。雨降っても地が固まらない!

最近ということでもないが、離婚が着実に増えている。
おそらく結婚をした相手なのだから、一度は少なからず「いい人」と思ったことはあるはずだ。
顔を見たくないほど嫌いではないから、とりあえずセックスもしたので子供ができたはずだ。

しかし、子供がいるいないにかかわらず、いとも簡単に別れてしまう夫婦がどんどん増えている。
定年を迎え、「やれやれやっと夫婦水入らずで過ごせる」とオヤジが肩の荷を降ろしたとたん、妻から熟年離婚を迫られなんて笑えない話もよく聞く。(このブログ自分のことを書いているわけではないので、念のため)

「最近の人は我慢がきかない」などとよく言われるが、確かにそれはあると思う。
しかし、「我慢がきかない」ようになったことだけではこの離婚急増の理由は納得できないのだ。

会社も家庭も、元々赤の他人が集まった社会集団なのだから、その中での出来事に腹を据えかね「ムカつき」「キレル」ことはあるだろう。
売り言葉に買い言葉でののしりあい、数日口をきかない事だってよくある。
でも、普通そんな状態は、若干の照れくささの中で互いに謝罪しあって終わるのが、これまでは当たり前のことだったと思う。

しかし、最近は一度キレルととことんまでそっぽを向いてしまう人が増えた、とは言えないだろうか?
けんかの相手が折れ、少しお尻がこそばゆくなるような猫なで声で接近してきても、それを受け付けようとしない人。
仕事をしていても、頑固にも程があるだろ!と思わざるを得ないケースが多い。雨降っても地が固まらない!のだ。

そんな人は、やはり離婚経験者だったりする!

「おくりびと」に思う、近代日本の情けなさ。

「納棺師」という仕事があることを始めて知った人は多いのではないか?
小生もその一人で、葬祭ディレクターという資格があることは知っていたが、死体を棺桶に収める専門職があったとは!?
しみじみとしたいかにも形而上学的な仕事ではないか!

「おくりびと」を早く見たいものである。久し振りに日本映画を本気で見たいと感じた。

監督の滝田洋二郎さん。過去に「壬生義士伝」を撮った人とか。浅田次郎原作の書籍は涙ながらに2回読んだが、映画はまだ見ていない。

主演の本木雅弘さん。「シブがき隊」を離れ、映画に出始めた頃から只者ではない雰囲気を醸しだしていたが、「おくりびと」の実現にはモックンの情熱と執念が不可欠だったとの事。

広末涼子はどうでもいいが、音楽は感動請負人の久石譲とくれば、これは「見るっきゃない!」映画の1つだろう。

日本映画は、古くは黒澤明から始まり今村昌平、熊井啓、ビートタケシと国際コンクールでも評価されてきたが、ビートタケシはともかく他の作品は全て、武士道とか茶の湯とか、姥捨て風習とか、近代化以前の日本固有の文化や風習をテーマにしたものだったように思う。

「脱亜入欧」戦略、近代化、高度経済成長を経て先進国入りした日本であるが、明治以降、文化的には何も固有のものを創造していないのではないか!などと生意気にも思ってしまう。

日本全国どこに行っても、コンビニとハンバーガーチェーンがあり町並みに個性がない。
文化や日本的な情緒あふれる町並みは、飛騨高山など保護された観光地にしか残っていないのではないか?

もちろん、手塚治虫、宮崎駿、村上春樹などの個人の力による日本文化の存在証明はあるが、どこにでもあるような生活空間の中に文化が残っていないと感じるのは自分だけだろうか?

日本の近代化は、「100年に一度の大失敗であった!」と総括しても間違いないのではないか?、などと感じるこのごろである。

知人の突然の逝去、合掌!

お世話になった取引先の知人が突然亡くなりました。

まさに晴天の霹靂で言葉に詰まりました。
監査役として勤務する会社で執務中に倒れ、そのまま帰らぬ人となったようです。
連絡があった直後は、「ご尊父かな、ご母堂かな?」と思い何気なくメールをあけたのですが、何度読み返しても当人でした。
思えば2週間ほど前にとある会合で遠目に見かけ、後でご挨拶をしようと思いしそびれてしまったのが最後でした。

歯に衣着せぬ調子で、自分の属する会社や業界の批判をざっくばらんに語る方で、小生は何か良く分からないテーマが有ると、この方のご意見を聞きに行ったものです。
そんなときご自身の経験を踏まえ分かりやすく、立場を超えていろいろとアドバイスをしていただきました。

年齢をお聞きした事はありませんが、風貌から小生より少し上程度で、一部上場企業の監査役を退いても、まだまだご活躍の場面や楽しいことがたくさんあったろうにと思うと残念でなりません。

合掌

大宮・ソニックシティ、伝統の行田足袋。

埼玉大宮のソニックシティというところに行ってきました。
ここにはずいぶん前に行ったことがあるので、駅の北口を出て少し高崎方面に戻ったところにあるはず、と思い込んでいましたが。
なんの事は無い、上野に向かって右手のSOGO側に出て、まっすぐ行ったところにありました。
回り道をしたおかげで、10分ほどでつく場所まで30分近くかかってしまいました。

このオフィスビルは埼玉県と日生が出資する会社が運営しているそうで、敷金・礼金はかからないそうですが家賃は高そうです。
しかも管理がとても厳しく、深夜の時間帯や日曜などは許可を取らないと使えないそうで、物品の搬入1つとっても面倒くさい手続きが必要だとの事でした。

その後北浦和の取引先へ。
伝統足袋(行田足袋)を製造販売している会社で、ネット通販の状況などをうかがいました。
来年の夏は作努衣で粋に過ごそうと思いますといってみたら、作努衣にあう足袋をプレゼントしてくれるとのことで、楽しみにしています。
最近通っているヨガ教室も、足の指をマッサージしたり足指を思い切り開く練習を最初の30分間行います。
足裏にはたくさんの健康ポイントが集まっているようですね。
足元からの健康促進のための日本人の知恵が足袋に結集されている、などの理屈でもっと足袋が売れないものかなどと与太話をして高崎に帰ってきました。

帰ろうか?どうしよう?え~い泊まっちゃえ!

昨夜は横浜での仕事の帰りに、上野で大学時代の友人と飲みました。

久し振りにあう人なので、上野のいつもの定番「立ち飲みの立岡」というわけにも行かず、ひとまず勇とかいう大衆酒場へ。
その後、仕事を終えたもう一人の知人が合流し、なぎら健壱推奨の「肉の大山」へ。
待ち時間があったので名物のメンチカツを肴に店の前で一杯。

行列が出来、行列に並んでいる人も外で待ちながら飲み食いしている、まさに商売の見本のような店ですが、さすが牛肉のたたきは美味でした。

さて大山を出ると時間は10時。とても中途半端な時間です。体はもう一軒を求めているし、さりとて最終電車のことを考えるとゆっくりもしていられないし。

え~い、それこそウン年ぶりなのだからこのままカラオケに行っちゃえ!、ということになりました。

懐メロ、演歌、昔のフォークから英語のバーブラ、S&Gに挑戦してみたり数え切れないくらい下手な歌を歌い、結局店を出たのが朝の5時で、始発の高崎線に乗ってご帰宅と相成った次第です。

9時前に家に着いたら娘の一人も同じ朝帰りだったりして、これじゃ文句を言うわけにはいきませんね。

ブログって書かなくなると一向にその気にならない…

…ものですね。何と、新年初投稿です!
新年といってももう2月なので、まるまる1ヵ月半のご無沙汰です。

この間、ヨガ教室に通い始めたり、けっこういろいろなことがあったのですが、ブログのことすっかり失念していました。

さてこの教室、街中のエアロビ・元気なオネーチャン・レオタード系の教室ではなく、榛名山のふもとでこじんまりとやっています。
生徒は地元のお年寄りばかりで、先生もアラフォーならぬアラウンドシックスティの方です。
でもさすがヨガの先生だけあって、肉体年齢は小生より若々しい印象です。

生徒を交えての会話は、写経やお寺めぐりなど渋い話題ばかりで、小生のことを若いといってくれる平均年齢の高いコミュニティなのです。
今のところ毎週水曜の夜通ってますが、何と昨日は生徒さんが小生一人でした。
いつもは他に3人ほどいるのですが、マンツーマンでじっくり教えてもらいました。

おかげで昨夜はぐっすり眠れ今朝の目覚めはすっきりでした。