月別アーカイブ: 2007年1月

月末、納品と支払に…ふ~っ!疲れた!!

1月は年始で半分休みのようなもの。2月も1年で一番短い月。
だからなのだろうか、1月の月末は毎年忙しい。
でも最近はネット銀行が普及して、入金確認も振込もインターネットでできるから、少しは楽になった。
またネット銀行同士なら振込手数料も安いので助かる。
以前はATMの長い列に並び、やっと順番が回ってくると後ろの人を気にして汗をかきながら何件もの振込をやったもんだ。
その挙句、他行なので手数料630円也、金額が大きいので840円也の手数料を取られていたので、相変わらず「銀行様様」の世の中なんだな~、と恨めしく思っていたものだ。 バブル崩壊後に税金を使って立ち直った大手銀行は、今年あたり空前の好決算だと聞く。
いい加減に手数料を安くしないと、ネット銀行に足元をすくわれる日も遠くないと思う。

冬の風物詩・榛名湖のワカサギ穴釣りが中止!

例年榛名湖は、正月を過ぎるころ全面結氷し、この時期はワカサギの穴釣りでにぎわうこととなっている。
ところが…、暖冬の影響とかで湖面が十分に凍らず、今年は中止になったそうだ。
穴釣りを自分でやったことはないが、この時期、毎年どこからかワカサギのおすそ分けが回ってきて、おいしい天ぷらを食べられたのだが、今年はそれもなさそうだ。
少し(本音はとても)寂しい…。
地元の漁協やみやげ物売り場、食堂、宿泊施設などは大打撃だという。
なんせ、毎年穴釣り客だけで1シーズン3万人近くの人が訪れているのが、今年はそれがゼロになってしまう。
世界的な異常気象、地球温暖化の影響を身近な風物詩から感じることになった。
まったくできなくなる前に、来年あたり穴釣りを体験しておこうかなどと考えてしまう。
その前に3月には渓流が解禁になる。
ヤマメ君がこの日本から姿を消してしまう前に、少しはテンカラもうまくなりたいものだ。

下仁田の会社を3件訪問。

朝から下仁田に行き、顧客を3件訪問しました。
ご存知下仁田は、「葱とこんにゃく」の町です。
街道(国道254号線)沿いの直売所には、すでに旬を過ぎたはずの「下仁田ネギ」がまだけっこう売られていました。
下仁田ネギといっても、本当の下仁田ネギは「馬山地区」で作られたものだけで1月も半ばを過ぎると終わり、という話を聞いたことがあるので、もしかしたら1束200円~400円の安値で今売られているものは、「下仁田ネギのようなもの」なのかもしれません。
こんにゃく芋を材料に使った食品はあまたありますが、昨今のダイエット、ヘルシーブームの中で、今でも次から次に新しい商品が出ているようです。
この地区に来るといつも奇妙な看板が目に付きます。
交通量が多い場所なので車を止めてデジカメ、というわけにはいかないのですが、いつも気になるのが「俺のかわいい女房」という看板です。
「蒟蒻美人」という看板も近くにあるので、こんにゃくを食べてきれいになった自分の奥さんを見てそのまま商品のネーミングにしてしまったものだと想像しています。
帰ってネットで検索してみると、「俺のかわいい女房」というのはこんにゃくを素材に使ったスナック菓子だそうです。
またこのメーカーには、別の商品で「午後3時すぎの恋人」というのもあるそうです。
なんとなく「波乗りジョニー」とかいう京都の豆腐屋さんの乗り、を感じさせます。
また南牧地区まで足を伸ばすと、「腹黒代官」というのぼりが目に入ってきます。
想像するに、南牧特産の炭とこんにゃくをミックスしたような食品かと思いますが、まだ体験したことはありません。
こんにゃくは相場モノなので、年によって収入が激しく乱高下するという話を聞いたことがあります。
またこんにゃくでお大臣になった方が、インターネットを使って株のネット取引をさかんにやっているとかで、けっこう西上州の人は「明るくさばけた」性格の方が多いような気がしています。
「俺のかわいい女房」とか「腹黒代官」というネーミングには、西上州の方の「明るくさばけた」気質が反映しているような気がしてなりません。
一度食べてみたいものですね。

カニ、ふぐ、近江牛などよだれの出そうなものが…

「ポルテ逸品ストア」は、開設以来すでに2年近く経過しています。
おかげさまで、商品も300品目ほど集まり、少しずつ認知いただいているようです。
オンラインショップの成功方程式は、「アクセス数×商品の魅力×サイトの使いやすさ」などといわれていますが、「逸品ストア」はこれまで地元群馬の産物を中心に商品を掲載してきました。
そうすると…、正直に言うと掛け算の真ん中の項目(=商品の魅力)が今ひとつインパクトに欠ける嫌いがありました。
そこで昨年末から、地域の商品を中心にしつつも、少しずつ扱い品目を拡大していこうと思い、いろんなルートで商品探しを行ってきました。
その結果、最近普及しつつある「ドロップシッピング」の方法で全国の提携ストアから逸品食材を仕入れることになりました。

榛東の岩田養鶏場に行ってきました。

前橋での打ち合わせのあと、榛東の岩田養鶏場に行ってきました。
平野レミさんもご推奨のこの岩田の卵は、「昔のあのねっとりした卵を食べたい」というお客さんの声に応え、エサに山海の自然素材を使い、牧草についても自家栽培というこだわりで作っています。
そのせいで、手間は普通の養鶏の3倍はかかっているとのことですが、スーパーなどで売っている安い大量生産品とは一味違う風味とコクがあるようです(卵本来の味わい!?)。
戦後何十年経ってもほとんど値段が変わらない「物価の優等生」の卵ですが、古きよき伝統や味を守ろうとすると、それなりに手間もコストもかかるものなんだな、と痛感しました。

がけっぷち犬が人気者に…

しばらく前に話題となったあの徳島のがけっぷち犬。
引き取り希望者が殺到して、抽選になるそうですね。
すっかり元気を取り戻し、人間不信も薄れつつあるとか。
まずはめでたしですが、犬の一生も、わからないものです。
でも捨てて野良犬にしたのも、崖から助けて手厚く保護したのも、今引き取りたいと申し込んでいるのも、みんな人間がやっていることです。
人間とは、なんて勝手な種なのでしょう、などとしみじみ思ってしまいます。

ペコちゃん、なんだか可哀想!

不二家に対する糾弾がとどまらない。
国内だけでなく、海外のスーパーなども製品取り扱いを中止しつつあるらしい。
少し前にペコちゃん人形がYahooオクで高く売れるので、店に盗みに入る困った輩もいるという話で盛り上がっていたが、今不二家の話題といえば告発と糾弾の話だけだ。
なんだかペコちゃん可哀想!、と思うのは小生だけでしょうか?
日本社会の常で、どこかの会社や個人が標的になると、マスコミが寄ってたかっておもしろおかしく見せしめのため生贄に仕立ててしまう。
2チャンネルで批判されている「お祭り」を、大人のマスコミもやっているのだ。
挙句の果ては関係者の自殺で大騒ぎが沈静化していく。すでに何回も見慣れた光景だ。
今朝のワイドショーの中で、不二家には「3秒ルール」がある、などという話があった。
床に落ちたものも3秒以内に拾えばそのまま使えるというものだが、こんな話は眉唾ものだ。
実際不二家に「3秒ルール」があるのかどうかは知らないが、こんなことはどこの会社だってやっていることだし、弊店間際のスーパーは賞味期限シールの張替えを日課としてやっているではないか!
「眉唾もの」といったのは、「あの不二家なのだから、そんなルールがあってもおかしくはない」と多くの人がマスコミ報道を頭から鵜呑みにしてしまうような状況になっているなかで、まことしやかに言われていること だからだ。
別に不二家とは何の利害関係もないが、へそ曲がりの小生はコンビニやスーパーで、つい「不二家の商品無いの! 食べたいんだけど!」といいたくなる。
さて、セブンイレブンでも行って見るか!

1月もすでに早半ば…

時の流れは速いもので、1月もすでに半ばとなった。
昨夜は静岡が震源地だったが、ここのところ群馬でも体に感じる地震がけっこうある。
でも群馬は地盤がしっかりしているのか、大地震の震源になったという記憶はほとんどない。
思えば12年前の明日は、阪神淡路大震災が発生したその日に当たる。
「活断層」などという言葉が盛んに言われたもの、この大震災をきっかけにしてのことだった。
確か震災前は、神戸も地盤が安定しているという話だったような気がするので、どこに住んでいても安心できない。
震災は朝の6時前に発生したが、明日の朝は少しばかり早く起きて心静かにそのときを迎えたい。
でも考えてみると地球の中にはものすごく大きなエネルギーがたまっているのだから、それが時にガス抜きのような形で地震を引き起こしても何も不思議はない。
「地球の些細なくしゃみ」のようなものに対して人間の力は余りにも無力なのだが、その地球が人間の生み出した文明とやらにより、徐々に侵食され、破壊されていくのも皮肉なことだ。
いつもこんなことを考えていると、「風の谷のナウシカ」の次の台詞を思い出す。
「風と水は100年かけて森を作るが、火は一瞬にして森を焼き尽くしてしまう…云々」
ジブリの傑作は、やはり「ナウシカ」だと思う。

仕事の拠点を都内から群馬に移して12年!

学校を出てから38歳くらいまで、都内の会社に通い首都圏の企業さんを相手に仕事をしてました。
仕事の場を都内から地元群馬に移して12年ほどになります。
そんなときに、都内の知人から「もう連絡があったかもしれないけど…」などと突然電話が入ると、直感的に「誰かのご不幸!?」ということが頭をよぎります。
今回もそんな電話でした。
10年ほど勤めた都内のPR会社で同僚だったH君。
同い年ということもあり、仲良くつるんで飲みに行ったり、互いに顔も見たくないくらい批判しあったり、結構いろんな関係があった人です。
バブル崩壊で勤めていたPR会社が立ち行かなくなって、H君は同僚数人と編集・出版会社を作り大きな会社に成長させました。
その経営手腕には素直に「お見事!」と賛辞を述べたいと思います。
しかし、なんと50歳の若さで…、
合掌!!!