月別アーカイブ: 2005年1月

天然岩塩のモノガタリ

弊社担当の公認会計士さんから、エベレストの天然岩塩の話を聞く。
この会計士さんの知り合いに、日本最大の通信企業に勤める人がいて、この人が根っからの冒険家だそうだ。
あちこち出かけて行っては、サバイバルやアドベンチャーを楽しんでいるという。
つい最近もヒマラヤの高山地帯で天然岩塩を大量に仕入れ、それを部屋置きのランプに加工して販売しているそうで、これがインテリアとしてもなかなか好評の様子。
天然の岩塩はマイナスイオン効果もあり、空気の浄化と癒しの効果があるそうだ。
ちょうど今朝のニュースで、栃木県の湯西川(ゆさいがわ?)温泉の話で、たくさん作った小さな雪のかまくらの中にろうそくを入れ、幻想的な光のページェントを観光ねたにしているという話を聞いていたので、この岩塩ランプもなんとなくイメージが浮かんできた。
ネットで「岩塩 ランプ」などと検索してみると、「ソルトクリスタルランプ」などの名前でいくつかの商品が見つかった。
なんだ自分が流行おくれだったのか、と恥じ入ってしまった次第。
エベレストは太古の昔海だったはずで、巨大なエネルギーの造山活動の末隆起した、という話を聞いたことがある。
つまりエベレストの岩塩は、地球創造という悠久の時を刻んできた天然岩塩なので、癒しや高いマイナスイオン効果を持っているなどといわれると、なんとなく納得してしまう。
天然岩塩ランプは、立派な背景情報をもった商品で、改めて「売れる商品とモノガタリ」の関係について再認識した。

ベンチャーフェア2005

東京国際フォーラムの「ベンチャーフェア2005」に参加。
ITフェアなど大きな催しには良く出かけるが、毎回ぐったり疲れて帰ってくることになる。
「ベンチャーフォーラム」には始めての参加。
「生活分野」「バイオテクノロジー」「情報通信」などいくつかのジャンルに別れ300社ほどが出展していて、各社こじんまりとしたブースで好感の持てる展示を行っていた。
ITの派手な催しだと、プレゼンテーションを行う若い女性コンパニオンの<おそらく中身はわかってない言語明瞭な説明>と各社のノベルティの競争に、うれしさ半分うっとおしさ半分という感じでとたんにくたびれてしまう。
また来場者も多く、カタログですぐ両手がいっぱいになり出展者から中身のある話がほとんど聞けない。
それと比べ今日の「ベンチャーフォーラム」は、当たりをつけていたいくつかの会社からじっくりと説明を聞くことが出来た。
フェアの規模やプレゼンテーションの仕方としては、このくらいのやり方が適当ではないかと思った。
もちろんミニスカのお姉さんもいいんだけど。
なかでも、WEBアプリ生成ツールのデモや学校向けWEBソリューションの紹介、ホスティング事業者向けの事業パッケージの展示の3つは弊社事業と密接な関わりがあり、すぐに具体的な検討を始めてみたいと思った次第。

ブログビジネス考

終日事務所で企画業務。テーマは「わが社でもできるブログビジネス」。
企業ホームページのブログ化が少しずつ始まっている。
また、ブログを応用したイントラネットの情報共有の事例や具体的な製品も出されている。
ネットショップの販促機能としての活用事例も出始めている。
ホームページへの集客方法として、メルマガやSEO対策の次の方法の一つにブログが期待されているようだ。
「ブログ+ビジネス+サービス+ツール」などをキーワードに、手当たり次第ネット検索を行い調査を行う。
本格的な企業ブログツールとしては日立製作所のBoxerが有名だが、これはお上品でお金持ちの大企業向け製品でわが社には縁がない。
気になって深く調べたのは、「求ログ」という人材マッチングサービスとRSSリーダーのいくつかの製品、中でも「Headline.jp」というブラウザベースのRSSリーダー。
求ログは、人材採用を希望する企業や人材調達業者が、月会費を払い案件をブログ形式で登録できるサービス。
登録案件に対するQ&Aをブログのコメント機能を使って実現している。
意欲的な試みと思えるが、ブログ機能が「求人PR」の面だけで利用されているだけのサービスで、結局あまり参考にならなかった。
ホームページがワンウエイの情報発信方法だった頃のことを思い出すようなサービスだ(失礼)。
Headline.jpは、ブラウザの中にRSSリーダーを実現するサービスでまだβ版での提供段階。
ソフトをダウンロードしてインストール必要はなく、提供元の会社に簡単なユーザ登録すればすぐ使えるし、URLをブックマークに登録しておけば便利だ。
これはいろいろな形で使えるのではないかと思った。
例えば、フリマに商品を登録するときにRSS情報を持ったファイルをサーバに書き出しておき、このツールからRSS情報を読みにきてもらうようなサービスはすぐ成立しそうだ。
少し考えを前に進めてみたいと思ったツールだ。

リサイクル支援事業のこと 2

××Offという本のリサイクルショップをよく利用する。
何か買うと元気な店員さんは、「また買ってくださいね」ではなく、必ず「お売りいただける本があれば…」と声をかけてくる。
この店は売ることが商売なのではなく、買うことが商売なのか(?)と一瞬戸惑いを感じたことがある。
東京の神田や早稲田界隈に昔からある古本屋には、必ず本の申し子のような「目利き」がいて、店の奥にどっかりと腰をおろしメガネの向こうから疑い深いまなざしを送っていたものだが…。
××Offをはじめとする現代の古本屋さんは、書物としての価値ではなく汚れの程度と発行された年だけを見てほとんど二束三文で大量に買い上げる。
書物に対する愛情や思い入れなどは、商売の邪魔になる余計なものというわけだ。
買わなくても「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」という元気で明るい店舗と立読み大歓迎という接客のスタイル、そしてアルバイトでも買取ができる完成されたマニュアルなど、これらがこの商売のブレークスルーだったのだろう。
古本業界という、停滞した業界に風穴を開けた企業家精神には、頭が下がるばかりなのだが…。

リサイクル支援事業のこと 1

ここのところ「リサイクル」という5文字が頭から離れない。
言うまでもなく、資源再活用とかものの再利用などの意味だが、リサイクルという生活様式とエコロジーの関係を、人類の将来を絡めて形而上学的に考えているわけではない。
一言で言って、「リサイクル」はどうしたら儲けの種になるのかを下世話に考えている。
かといってショップをやろうというわけでもない。
家電からパソコン、家具、ブランド品、ファッションまで「リサイクル」という言葉を耳にしない日はない。
中古車のマーケットは、「リサイクル」という言葉と関係無しにずっと前から成立していた。
日本の車は5年やそこらで駄目になるほどやわではないし、それでは買い替えが進まず困ってしまうメーカーは次々と新車を開発し、ディーラーは下取りの名目で新車を値引きする。
結果大量の中古車が発生し、その流通市場が形成されてきた。
パソコン業界の人に話を聞くと、今では新型のパソコンをより多く売るためには、まだ十分使えるけど少しばかり古くなった機械を積極的に引き取らないとならないのだそうだ。
「リサイクル」を省資源やエコロジーで語るとき、このパソコン業者の見解には「?(クエスチョンマーク)」をつけざるを得ない。
使えるものを処分する人がいて、また新たに新品のパソコンが生産されて、ものの総量は減るばかりか増えていくのだから。
しかしそれが現実で、古いものを買い取らないと新しいものが売れない時代、つまり中古車市場が成立した背景と同じ事情に、多くの業界が陥りつつある。
「リサイクル」は経済の世界では、もの余りの時代の必然的な流通の形態なのだ。
地域や学校のフリマも回るし、出品もする。ネットオークションで買い物もする。
しかし一番身近な存在は、やはりリサイクルショップである。
リサイクルショップへの率直な感想は、「どうして買取はあんな安いのに、販売価格は新品とそれほど変わらないのか?」という疑問と、「店に行かないと在庫がわからない」という決定的な不便さだ。
全国にFCを展開している××OFFや古着屋さんに買取品を持ち込んだとき、あまりの安さに情けなくなったこともある。
「どこよりも高く買います、どこよりも安く売ります」というどこかの車買取チェーンのスローガンが、うつろに響いて仕方ない。
それじゃ商売にはならないだろう、って。
また、在庫がわからないから商品を買うかどうかは、ショップにふらりと立ち寄った時の偶然性にゆだねられている。
何を売っているかわからないから、発見と品定めが楽しい、というのはショップ側に偏りすぎた考えで、消費者から見れば不便でしかない。
何とかならないものか!! というのが、「リサイクル支援事業」を企画してみようと思った発端です。
これからしばらくはこの話題でいこうと思いますので、リサイクルマニアの方やショップの経営者の皆さん、何か言いたいことがあればぜひコメントを下さい。
もちろん支援ビジネスを手がけている先輩企業の方でもかまいません。
ご批判など大歓迎です。よろしくお願いします。

「どん底からの成功法則」という本、著者の堀之内九一郎さん

仕事の必要があり、堀之内九一郎さんの「どん底からの成功法則」を読んでみた。
「成功法則」についての類書は昔からあまた出版されているが、この本はいわゆる成功ノウハウ本とは趣を異にしている。
堀之内さんは、以前「マネーの虎」というTV番組に資金提供側の社長として出演していたのでご存知の人も多いと思う。
風貌は厳しそうだが、なんとなく「人に暖かそうな人物」という印象を抱いていた。
恥ずかしながらこの堀之内さんが、日本全国に200近くの店舗を持つリサイクルチェーンの経営者とは知らなかった。
また、父から継いだ家業をつぶしてしまい、有り金を持って東京に向かう途中の浜松で路銀が切れ、そのまま浜松に住み着きホームレス生活をやっていたことも初めて知った。
つまりこの本は、ホームレスのどん底から年商100億円を超えるリサイクルチェーンを築き上げた堀之内さんの、サバイバルとサクセスの体験談なのである。
文章は読みやすく、アポイントメントの待ち時間で一気に第二章まで読めてしまう。
第一章は、どん底の冷たさを自分の体で確かめ、なぜそうなったのかを本気で考えて見なさいという趣旨。
いわゆる自分の今を、きちんと確認しなさいということ。
第二章は、そこから本当に抜け出したいなら、あれこれ理屈を言ってないでとにかくがむしゃらに行動せよ、という趣旨。
面白かったのは、大きなプールの水を小さなさかずきを使って全部汲み上げるという一見無意味な行為も、とにかくがむしゃらにやってみて初めて次の効果的な方法が見えてくる、という指摘だ。
さかずきで汲み出すなんて、非効率なことはやってられないと理屈をこねて頭の中であれこれ悩むのではなく、今それしか方法が見えないならまずその方法でやってみようと、さかずきを手にとって懸命の行動を開始するタイプの方が、どん底から抜け出せる可能性が高いという指摘だ。
必死にさかずきを使う中で初めて、コップが見え、バケツが発見され、ポンプが使えるようになるというわけだ。
「千里の道も一歩から」や「観る前に跳べ」などの教訓めいた言い方より、プールの水とさかずきという堀之内さんのたとえ話の方が、どん底の経験者でそこからの復活を遂げた実践者の言葉だけにストレートに共感できる。

「鉄道員」、イタリア映画

「鉄道員」をまた見てしまった。
半世紀も前のイタリア映画で、今ではTV中継が終わるような深夜に放送されることが多い。
中学の頃から何回も見ているので、これで何度目になるのかはわからない。
今年になってから、正月にも見た記憶があるのでこれで2回目となる。
でも、正月に見たTV局と今日の局はどうも違うような気がするのだが、定かに覚えていない。
この頃のモノクロのイタリア映画は、理屈ぬきにすばらしい。
世界大戦後の物質的には貧しい生活の中でも、仕事や恋、人生にまっすぐに生きている人間がよく描かれている。
映像にかぶるテーマ曲が、どの映画も哀愁を帯びていて心に迫ってくる。
制作費何十億円のハリウッドものもいいが、この頃のイタリア映画が与えてくれる感動には及ばない。
以前は、この種の佳作を選んで安く見せてくれる<名画座>が、街のあちこちにあったものだが…。
何回見ても「鉄道員」を見ると、切なくなってしまう。
特に50歳を前にした今の自分の境遇は、ピエトロ・ジェルミの演じる初老の頑固な鉄道員の暮らしと重なるようなところが多く、昔見たときとはずいぶん違う印象を感じる。
名作はいつ見ても、その時々に違う感動を与えてくれる。

冬の長雨

予報によれば土曜から雪になるとのことだったが…。思ったとおり雨のまま終わりそうだ。
雪は風情があっていいのだが、車や仕事のことなど世俗的なことを考えると降って欲しくない。
子供の頃の高崎は一冬に何回かの降雪があったものだが、このところ少なくなっているようだ。
平均気温とかのデータばかりではなく、温暖化や地球環境の変容を身近な日常に感じるようになっている。
この冬も朝方の寒さをしのいでしまえば、日中の日差しは冬のそれとはとても思えないような強烈さで、車の中で汗ばむほど。
「インディアンサマー」などという、寒さの中で一瞬だけ差し込む柔らかな日差し、などといったささやかなものではない。
紫外線も一緒くたにして、まるで太陽が怒っているように人間の皮膚に強烈な日差しを浴びせている、といったような感覚になる。
やはり地球のメカニズムは大きく狂い始めている。
人類や地球全体のことを憂うような余裕もこころざしもない自分でも、どこかで歯止めが利かないと後戻りの出来ない破滅への道を突き進んでしまうような危機感を感じる。
歴史を振り返ると、こういうときには必ず警世家がいたもので、彼らの多くは「哲学者」と言われてきたと思う。
しかし今では、哲学の研究者は多くても、人々の日常に大きな影響を与えられるような警世の哲学者が見当たらない。
胡散臭いやり方でそれをやろうとしているのが一部の新興宗教で、政治家にも官僚にも経済人にも「尊敬すべき人」が少ない今では、若い人がオウムのようなオカルトに走ってしまうのもある意味では仕方ないことなのかもしれない。

生活と仕事のリズムを取り戻さなくては!

年末年始の休み、成人の日を加えた3連休、と休みが続き今週は4日間の仕事で終わり。
「ノロウィルス」なるものが流行っているとのことで、今週の水曜日に思いあたるような症状が出てしまいとてもつらかった。
結局ただの風邪の初期症状で大事にはならなかったが、どうも仕事と生活のリズムがまだ取り戻せていない。
何年か前からの悪い癖で、酒を飲んでコタツで朝までというパターンが定着している。
電気コタツをつけたままにしておくとすぐ風邪を引くことになるので、最近は湯たんぽを入れてそのまま寝てもいい用意をしてからコタツに入ることにしている。
そこまでコタツにこだわる必要などどこにもないのだが、冬になるとこういう生活パターンになる。
朝目が覚めると、自分以外にも子供の誰かが寝ていたりする。
コタツというものは、何人かで入っているとそれだけでなんとなく暖かい。
この休みは、寒中見舞でも作ろうか。

少林山達磨市

何十年ぶりに少林山の達磨市に行った。
もともと「信心」のない不心得ものではあるが、今年ばかりはなんとしても行かなくては、と心に決めていた。
Linuxなどオープンソースを用いたWEBアプリケーションの受託開発事業から、新たな収益源を開拓するための勝負の年としたい、と強く考えていたからだ。
8時過ぎに家に帰り、いやがる四女を誘って家を出る。
少林山までは、ゆっくり歩いて30分くらいの距離。
防寒対策もばっちりで、顔と耳以外は寒さを感じない。
国道18号線を過ぎる頃から賑わいが始まり、歩行者天国となっている碓井川の橋をわたると参道はすぐそこ。
警察による階段規制でしばらく待たされるが、数百段の階段を登りきり「商売繁盛、家内安全」と無事おまいりをすませる。
帰りに小ぶりの達磨を買い、熱燗を2本、娘と一緒にあれこれ飲み食いするうちにすっかり気持ちがよくなってしまった。
人出は例年並とのことだが、ずいぶん前に今は亡き親父と行った時の印象と比べ、圧倒されるような人いきれや熱気に欠けるような印象を感じた。
露店は、焼きそば、お好み焼き、たこ焼きなど全体的には相変わらずの内容だったが、中には韓国風の焼肉や鍋物のような屋台もあり、ここにも韓流ブームの一端が感じられた。